2017 / 04
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こちら四国地方は今日梅雨明けしました。

これから本格的なあつ~いあつ~い夏の始まりです。
すでに暑いですけどね・・・(爆)


節電なんか全然する必要なし!というデータも出ていますので(節電だの何だの
原発ないと困ると思わせる電力会社の策略)、熱中症にならないよう、エアコンを
適度に使いながらこの夏を乗り切ります。

でも、エコの方面からの節電は、きちんとしたいなと思います。


今日は、ピュンピュンの命日です。
二回目の命日となりました。

お仏壇にお花を飾り、おやつをいっぱい買ってきてお供えしました。
夜は、妹一家がお供えを持ってきてくれて、おまいりしてくれました。


ピュンピュンに会いたいな~って、よく思います。
今でも毎日お仏壇にお水とおやつをお供えしています。


ずっと以前に、瞑想していて、天国のような所に行ったことがありました。
(後でkimiさんに話すと、そこは天国だと・・・)


今までに飼っていたわんこたちや小鳥たちが、み~んないました。

そこには、母や父や祖母や祖父、叔父や叔母や・・・
近しい亡くなった人がみんないました。

きれいなきれいな所で、やさしいやさしい光が満ち満ちた光の世界で、みんな
幸せそうに穏やかに笑っていました。

「ここ、天国なのかなあ」

って、思いました。


あまりに穏やかな慈愛の波動と幸せの波動に満ちた世界だったので、とても
うれしかったです。
みんな、ここにいるんだなあ って、思いました。

私もいつか行くから、その時はああやってみんなで出迎えてくれるのかしら。
死ぬのもいいなあ、って思えるくらい、きれいで安らいだ世界でした。


懐かしい人たち、ちゃんとそこにいるんですね。
ピュンピュンも、今はそこにいるのね。

そう思うと、寂しくないですね。
エネルギーでちゃんと繋がっています。


でも、時々夢のなかで逢いにきてほしい。
いつもしていたみたいに、なでなでしたいな。ピュンピュン。
逢いたいな。








ぴあのTwitter >>piano_sapphire






今日は、ピュンピュンの命日でした。

去年の7月8日、午後7時前に亡くなりました。


ピュンピュンが亡くなったときのことは、ずっときちんと書きたいと思っていました。
でも、あまりに濃い死へ向かう日々と、濃すぎる「その日」のことを、淡々と書き
きるには相当なエネルギーが必要で、書きたい気持ちは大きいのに、書けません。


どこか悪いのかなと思って病院に行ってから亡くなるまで、20日もありませんでした。
ワンちゃんって、相当具合が悪いのに元気なふりできるのですよね。
病院で血液検査をしてもらったとき、先生は、この数値でよくこんなに元気そうに
いられるなと思ったそうです。

病院に来ることがこの子のストレスになるので、家で点滴をしてやってくださいと
先生に言われました。
愛犬に太い針を刺すなんてとても怖くて、ピュンピュンに点滴の針を刺すときには、
私の全身の血の流れが止まるような、そんな感じがするほどのストレスでした。


腎不全だったので、ネットでわんちゃんの腎不全について調べました。
ネットの知識から比べると、ピュンピュンは痙攣もなく、それは苦しそうではあった
けれど、寝ているときは穏やかな時も多く、そういうときは私もほっとしました。

でも、約二十日、私は夜も寝ず、ずっとピュンピュンのそばでいました。
何もできないけれど、せめていつもそばにいてやって、安心させてやりたいと思いました。
うとうとしていても、ピュンピュンの苦しそうな息が聞こえると、起きて声をかけて
ずっとなでてやりました。


そんな日々だったので、あっという間に天国へ行ってしまったのは、ピュンピュンの
気遣いだったのかもしれません。

最後の苦しみようは相当なもので、それは、天国へ行く近道をするために、自ら
ピュンピュンが選んだ道のように思えました。

それと、あんな苦しみを見せてくれて、そんな状況に何時間も冷静に対処できた
私を体験させてくれたことも、ピュンピュンに心から感謝しています。


それから、去年の夏は仕事がとても忙しく、ピュンピュンが亡くなってから、とても
忙しい、仕事に追われる毎日となりました。

そんな仕事のなかで、もしピュンピュンがいたら、十分なピュンピュンのケアと仕事
との両立はとても無理でした。
そんなことにも、とても感慨深いものを感じる日々を送りました。


寝ているばかりのピュンピュンが顔を上げているとうれしくて、そんなときはすぐに
携帯でパシャパシャ写真を撮っていました。

亡くなる日の朝、ピュンピュンはきれいな姿勢で顔を上げていました。
私はうれしくて、写真を撮りました。

そのピュンピュンの写真の顔が、いつもの生気のない表情はどこへいったのかと、
不思議なほど穏やかで幸せそうな顔をしていました。

私は、「めちゃくちゃかわいい顔で写ってる」
「もしかしてこれ、お別れの写真になるのでは・・・」

ピュンピュンがお別れを知らせているのではと、その写真を見て虫の知らせのような
ものを感じました。
でもまさか、ほんとうにその日に亡くなるとは・・・


今日は、ピュンピュンのお仏壇をお花で飾り、おなもみがお仏壇をきれいに掃除
して、「豪華な祭壇つくるの」と言って、スペシャル祭壇をつくりました。

夜は、私の妹や甥や姪が、おまいりにきてくれました。
ペットショップでおいしそうなおやつをいっぱい買ってきて、おまつりしてくれました。


今、我が家には、この春に我が家にやってきたぴゅんぴゅん(8ヶ月の女の子)が
います。(かたかな”ピュンピュン” と ひらがな”ぴゅんぴゅん”の違いです)
動物保護団体から譲渡してもらった子です。

次に飼う子も、ピュンピュンのような日本犬の雑種で、できれば捨てられていた子
と思っていました。


ぴゅんぴゅんは小さい頃に捨てられていて、怖い目にあったトラウマか、人が怖くて
お散歩が大変なのですが、家では家族にあまえまくって夜も必ず誰かと一緒に寝ています。

亡くなったピュンピュンも、捨てられていた子です。
わんちゃんを飼おうと思われている方、ペットショップのブランドわんちゃんもとても
かわいいですが、わんちゃんを家に迎え入れるのに、いろんな選択肢があることも知って
ほしいです。

捨てられたり、殺処分をされそうだったり、そういう子たちが一匹でも、あたたかい家庭
の一員になって幸せな一生を送ることができたらいいなあと思っています。


保護団体のHPに載っていたぴゅんぴゅんの写真の顔が、ピュンピュンの仔犬の頃の顔に
そっくりで、「この子がほしい!」 と思い、譲渡していただきました。
ピュンピュンが縁で我が家に来てくれたぴゅんぴゅんです。
今はこの子に日々癒されています。

もう誰もぴゅんぴゅんを怖い目にあわせないから、いーっぱい幸せになってほしいです。


ぴゅんぴゅんを譲渡していただいた徳島HEARTさんは、 >>こちら です。








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今日おなもみは朝早く、試合に行きました。
私は5時起きでお弁当づくりでした。(はー、今、眠たい)


今日のタイトルは 『安楽死』 です。 (なんか、重いですね・・・)

先日ご紹介した 『ダメ犬グー』 の本のなかに、獣医さんから、グーを安楽死させる
話が出たシーンがありました。
(実際にグーは、頑張って病気と共に生き、自然死でした)

ピュンピュンの先生も、ピュンピュンの病気の治療法や今後のことを話してくれる時、
「安楽死を選択される飼い主さんもいらっしゃいます」 とおっしゃいました。

また、少し前に見た映画、『マーリー 世界一おバカな犬が教えてくれたこと』 でも、
安楽死というシーンが出てきました。


私は、ピュンピュンの先生から 「安楽死」 という言葉が出たとき、
「安楽死なんて考えもしない選択だわ」 と、別世界のことのように思い、そういう言葉
を聞いたこと自体が、夢のなかのことのように思いました。
自分には、全く関係のない言葉だと思いました。

でもピュンピュンが最後、そうとうな苦しみをその体に受けていた時、この苦しみが
いつまで続くのか、一旦ひく発作なのか、そしてこれから、こんな苦しみが襲ってくる
毎日になるのか・・・

そんなことを考えながら、「安楽死」 の三文字が頭のなかをよぎりました。
安楽死させる飼い主さんもいるって先生がおっしゃっていたの、現実的なことだった
んだ・・・


「マーリー」 の映画では、結局マーリーは、さいご、安楽死の処置をしたのです。
もう治る見込みもなく、あとは苦しみだけしか待っていず、病院の診察台の上でぐったり
寝ているマーリーに、暗黙の了解のように、飼い主さんと獣医さんの意思が通じ合います。

獣医さんが、「苦しみのない安らかな死です」 と言って、マーリーの点滴に注射をします。
眠るように息をひきとっていくマーリーに、いっぱいのありがとうの最後の言葉をかけて
やるシーン・・・

苦しんで亡くなったピュンピュンを見ていただけに、とても心にじ~ん・・・ときました。
タリバンとあとで、「安楽死も悪くないね」 と、語り合いました・・・
(安楽死なんて、絶対にあとで後悔をするよ なんて話をしたこともあったので)


ピュンピュンの前に飼っていた柴犬のロビンちゃんは、かなり長い間介護が必要でした。
亡くなる最後の二週間くらいは、私は手があいていたら、ロビンちゃんを赤ちゃん抱っこ
していました。
ずっと、抱いていました。
それまでも、時間があれば抱っこして日向ぼっこさせてやったりしていました。

(痴呆になり、ほうっておくと、もう立つこともできないほどになっているのに、バタバタ
手足を動かして床の上を寝たままぐるぐる回り続けます。抱いてやると、安心したように
じーっと寝ていました)

そして、亡くなるときも、私の腕のなかでした。
眠るように、天国へ行きました。


だから、時々、「体の大きなピュンピュンは介護するようになったらロビンちゃんみたい
に抱けないなあ・・・どうしたらいいのかなあ」 と思って、
「ピュンピュン、天国に行っちゃうときは、病気で患わないで、自然に眠るようにね」
なんて、言っていました。

それから、「ピュンピュン、元気で長生きしてね」 なんて・・・そんなこともよく言っていま
した。


そのたびピュンピュンは、ちょっと困ったような目で私を見上げました。
実際に言葉の意味がわかって困っていたのではないと思いますが、そういう言葉がけを
するときの私の気持ちの波動を、敏感に感じ取っていたのでしょうね。

私は、ピュンピュンが困って、「どうしたらいいんだろう」 というような目をするのを見ては、
「こんなこと言ってはピュンピュンが困るのかな・・・」 って、思いました。
けど、時々、言ってしまう。 「元気で長生きしてね」


ピュンピュン、体が大きかったから、14歳というのは長生きだったね。
あれ?なんかおかしいな と思ってから亡くなるまで一ヶ月もなかったというのも、それまで
元気だったということだものね。

『元気で長生き』 してくれたのね。
そうなのね。

(そっか、そうだったのか って、今ごろ気づいた私。おバカ?)

ありがとうね、ピュンピュンのすべてに感謝してるよ☆








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今日、夕方お散歩に行きました。

だいぶ陽が短くなって、半月前頃は6時半くらいに散歩に出ていましたが、
最近ではもう、6時前には大きな赤い夕陽が沈むのが見えるようになりました。

今日は夕陽が沈むのと同時くらいに、家を出ました。
きれいなグラデーションの雲が幻想的でした。
一人でのんびり、景色や空をゆったり眺めながらお散歩しました。


昨日は、タリバンと一緒にお散歩しました。
ワンちゃんがお散歩しているのを、二人で 「かわいいねえ~♪」 と言いながら
目で追っていました。

私が、「ピュンピュンがいなくなってからは、特に今まで以上によその子のこと
かわいい って見ちゃうよね」

と言うと、タリバンが、

「今までもかわいいなあ~って見てたけど、ピュンピュンを連れているとやっぱり
ピュンピュンが一番かわいいから(親ばか)。
でも、ピュンピュンがいなくなってからは、よその子見ると、『みんなそれぞれ、
それぞれの家で飼われてそれぞれの犬生(?)を生きていってるんだなあ』って
そんなことを思うよなあ・・・」

と、よその子たちに思いを寄せて、かわいくてたまらないという感じで言いました。


うんうん、私もそう!

ほんとうに、どこの子もかわいい。
みんな、幸せな一生をおくってほしいな。
愛しいなあ~~~ (むぎゅっ☆ ハグハグ♪ なでなで♪ ← 脳内ハグハグ)


わんこがいる生活を何十年も送ってきた私、タリバン。
生活のなかにわんこがいないのは、やっぱりちょっと淋しい。

でも、まだ新しいわんこを迎える心の準備はできていません。
二人の心のなかには、まだまだピュンピュンがいるから。

それに、「わんこを迎えるということは子供を一人ひきとるくらいの覚悟がいる
からね」 と、二人ともその責任の重さも重々承知して、しつくしています。


またいつか、縁のある子がうちに来るかな。
それは、いつかな。
いつかなあ~~~。 (待ち遠しい)


映画、『HACHI』 の予告を何度見てもボロボロ泣いてしまう私です。
(ダメですよね、あれ、もう、ハチが駅でたたずんでいるシーンを見ただけで、
涙涙・・・)

今日は、THU☆AYAで、『マーリー 世界一おバカな犬が教えてくれたこと』 の
予告が流れていて、あまりのわんちゃんのかわいさに人目も気にせず(いえ、
ちょっとは気にしましたけど) 「かわいいいいい~~~☆」 と画面に食い入って
見ていました。

そのうち、予告の進行と共に、人目も気にせず(いえ、ちょっとは気にしましたけど)
涙ボロボロになってしまった私でした。 (ToT) ← かなりアヤシかったかも・・・


犬って、ほんとうに可愛い☆
そして、ほんとうにその存在だけで、いつもいつも私たちを胸キュンにしてくれます。


私は、時々、無意識に 「ピュンピュン」 ってつぶやいてしまうことがあるんです。
そうしたら、タリバンも、実はそうですって。
無意識に 「ピュンピュン」 って、言っていることがあるって。

なんと・・・

アヤシイ夫婦ですが、もしかしたらそんな時はピュンピュンがそばに来ているの
かもしれないなあ って、思いました。

ピュンピュン、会いたいなああ~~~~



>>『マーリー 世界一おバカな犬が教えてくれたこと』








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で、また昨日の日記の続きなのですけど・・・

先月の終わりと今月のはじめにまたがり、一週間おきに、二度ピュンピュンの夢を
見ました。

先月の終わりの夢は、ピュンピュンがいて、私はいつもしていたように、ピュンピュン
に私のおでこや頬をすりすりして、「ピュンピュン、だ~い好き♪」 と言っていました。

三次元の感覚と全く変わることなく、ピュンピュンの毛のやわらかさやピュンピュン
の感触が、そのまま感じられました。

でも、しばらくすきすきしていると、「またあのつらい別れをしなければならない時が
くるんだ・・・いつかまた・・・」 と、悲しくなってきて・・・、それで、目が覚めました。


今月のはじめに見た夢は、私とおなもみとピュンピュンとで、お散歩していました。
ピュンピュンはいつものようにかしこく、わたしたちのそばにくっついて歩いています。
「ピュンピュン、かしこいねえ」 と何度も声をかけながら、お散歩していました。
これも、いつもの光景でした。

で、お散歩から帰って、タリバンと、「今度は苦しませたくないね、天国に行くときは
やすらかにいかせてあげたいね。どうしたらいいだろう。どうしたら・・・」 と話している、
そんな夢でした。


ピュンピュンが亡くなるときの苦しみようは、しばらく、かなり私の神経をまいらせて
しまい、尾を引きました。
もちろん、ずっとまいっているわけではありません。

すべてを受け入れて、もう、大丈夫になりましたが、まだ、残っているのですね。
すっかりクリアーになれるものではありません。
仕方のなかった、どうすることもできなかったことだけれど・・・
で、夢で見ちゃうんですね。


ここでちょっと話がズレますが、やはり夢のお話です。


もう2ヶ月くらい、毎晩夢を見続けています。
それは、いろんな夢で、毎晩毎晩、た~~~くさんの内容の夢を見ます。
とてもおもしろいです。

いつも眠り始め、別次元とこの世両方に意識がある状態で、この世にいながらいろんな
次元のビジョンを見るのですが(これは毎晩おきまりです)、最近おもしろいことを発見
しました。


時間について、ですが、時間って、横軸と縦軸(奥行きといったほうがいいか・・・)が
あるということです。
横軸を流れている時間(この世感覚)の一点一点で、実は垂直に縦軸(奥行き)時間が
あるということです。

今、この一瞬に、膨大な無限の時間があるということです。
そのことを、ここ最近、眠り始めのビジョンで体験します。

はじめそれを体験したときには、「え!?今のなに??」 っていう感じでした。
(それはとても言葉で説明できないのですが・・・ ビジョンではリアルに体験します)

それから時々、そのような体験をするようになりました。
一瞬のなかに、永遠の時間がある・・・


夢やビジョンは、この世の意識だけでは到底感知できない世界に繋げてくれるようです。
それは、奥深く、奥深く・・・どこまで奥深いものなのか。
知るのは楽しいです。
自分のなかの可能性が、どんどん広がっていく感覚があります。


今夜は、どんな夢を見るでしょうか。







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先日の日記の続きです。

タリバンは、まだピュンピュンが亡くなってから、一度もピュンピュンの夢を見ていない
のですって。

私は、亡くなって一週間目、それから、三十五日が過ぎてお盆明け。
それから、先週と先々週(ちょうど一週間おきに)、ピュンピュンの夢を見ました。


初七日の時に見たピュンピュンは、いつもと変わりなくいて、私も、ピュンピュンを、
いつもと変わりなく 「かわいい♪」 と言いながらなでている夢でした。


お盆明けに見たときは、その夢のなかで私は、言いつけを守らない生徒達を叱って
いました。

夏休み、どうなるのってくらいてんてこまいに仕事が忙しかったので、お盆明けてまた
あの状況がやってくる というちょっとした気持ちのピリピリ感から、そんな夢を見たの
だと思います。

私が子供たちに声を荒げているとき、ふと見ると教室の入り口にピュンピュンが・・・
ピュンピュンは、穏やかそうな顔をして、微笑んでいるような感じでこちらを見ていました。


そこで目が覚めました。
目が覚めなければ、ピュンピュンをなでなでできたのに・・・
と、目覚めたことに残念感が残る私でした。


でも・・・


ピュンピュンはこの世では、私が少しでもイライラオーラを出していると、私から遠ざか
ってとなりの部屋へ行くか、ドアが閉まっていてどこにも逃げ場がなければ、部屋の角
の壁にピタッとくっついて、能面のような顔をして、気配を消して、(いえ、実際には消え
てないですけどね・・・笑)

「ピュンピュンはいません」

状態を必死でつくり出していました。 (その様子がまた、かわいくておかしいのです☆)


怒りのオーラを爆発させている私のそばで、穏やかに微笑むような顔をしてこちらを見て
いるなんて、この世にいる時では考えられません。


夢から覚めて、

「ピュンピュンは、天国にいっちゃったんだなあ。
ちゃんと天国で幸せにしているんだなあ・・・
この世の意識ではない、ピュンピュンの大きな意識で、私を見ていてくれるように
なったんだなあ・・・」

と、思いました。


三十五日やお盆や四十九日が、わんちゃんにもあるのかどうかわかりませんが、お盆
が明ける前の夜、寝ていたら、きゅうにピュンピュンのにおいがしてきました。

あまりにリアリティがあるので、ピュンピュンがそばに来ているのだと思いました。

「もう、天国に帰るからね」

そう言いにきたのではないか と思いました。
お盆だから、来てくれていたのかな。
それとも、それまでずっと、家にいたのかな。


タリバンもおなもみも、私も、目に見えないピュンピュンの存在を感じるとても不思議な
現象を、今までに何度か体験しています。


ピュンピュンは生前、私たちの思っていることをテレパシーで感知して動く、すごく勘の
いい子でした。

今、肉体を脱いで軽やかになった意識で、より一層、私たちの心を感じてくれているの
かしら・・・
そんな気がします。


私たちも三次元の意識の束縛を解いたら、次元を超えて、ピュンピュンに会えるかな。







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あんまり夢を見たことのないタリバンが、夢を見たらしいです。

その夢とは・・・

私とタリバンがお散歩していて、少し向こうに草むらが・・・

タリバンが、
「あの草むらのなかから子犬が出て来るような気がする。
そうしたらきっと、その子はピュンピュンの次にうちに来る子だ」

と、思っていて、そうすると・・・

草むらがガサガサとゆれ始めて、そこから出てきたのは一匹の黒いわんちゃん。
その子はおなかが大きくて、もうおっぱいもだいぶ大きくなっているのですって。

タリバン、「このおなかの中にピュンピュンの次に来る子が入ってるのか・・・」

と思っているところで、夢から覚めたらしいです。


おお~~、実際次元ではどうなのかわかりませんが、別次元ではもううちに来る子
が生まれようとしている(?)のでしょうか。


私は、わんちゃんがいる生活を30年ほどしていました。
私が直接飼ったのはピュンピュンが三匹め。

その他に、私が拾って、まだ結婚前のタリバン家で飼ってもらった子や、その子の
子供、そういう縁の深い子を入れると、わんちゃんとの付き合いは五匹になります。


どの子もどの子も、別れはつらかったです。
特に、病院で死なせてしまった子のことは、後悔ばかりしてしまいます。
少しでも良くなってもらえたら・・・
そんな必死の思いで病院に預けたのに・・・

寿命ならば、どんなにわんちゃんが苦しんでも、家で介護してやるべきだと思います。
わんちゃんにとっては、飼い主の側が何より一番。
病院の狭いゲージの中で、淋しく死んでいった子のことを思うと、ほんとうに今でも
つらいです。


その子は腎臓が悪くなっていたらしく、今思えばピュンピュンと同じ病気だったのだと
思います。
ピュンピュンが腎不全とわかったとき、ネットで犬の腎不全のことを調べました。

即入院してください と言われて、24時間点滴の治療をする先生も少なくないようでした。

ピュンピュンの先生は、
「飼い主さんが、ピュンピュンちゃんをしっかり看取ってあげてください。 」 とおっしゃい
ました。

もとより延命などはしないつもりでしたが、先生の言葉がしっかりと心に響きました。


もう、助かる見込み、よくなる見込みがないのなら、家で、飼い主のそばで。
それがわんちゃんにとって、一番のことですよね。

少しでも長生きしてもらいたいというのは、人間のエゴ。
つらいですけど、延命治療などせず、覚悟を決めて、たくさんたくさん残りの時間を一緒
にいてあげる。

どんなにわんちゃんが苦しんでも、一生懸命お世話する。
わんちゃんに、今までの恩返しをする。


でも、ピュンピュンの亡くなり方は、あまりに苦しみすぎました。
そういう亡くなり方をしたので、私もタリバンも、次の子を飼うのはまだまだ、
「ちょっと勇気がでないね」
という感じです。

でも、いつか、我が家にまた縁のあるわんちゃんがやってくるのだ・・・と、思っています。

だって、二人とも、めっちゃくちゃな犬好きなのですもの。
あ、おなもみも☆


わんちゃんを一匹看取るたび、また、飼っていたわんちゃんの思い出話をするたび、
「ああ、飼いきるって大変なことだね・・・」 と二人でしみじみ話します。

でも、

その大変さは、かけがえのないかけがえのない幸せなのです。
そして、たくさんの無条件の愛をくれて、そのあなたたちの愛に共鳴して、たくさんの
無条件の愛が私のなかにもあることに気づかせてくれました。

大切なことをたくさん教えてくれて、大切なことをたくさん学びました。


今まで癒してくれた子たち、ほんとうにありがとう☆

そして、またいつかうちにやってくる子がいるなら、今からありがとうって言いたいです。






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昨日から今朝にかけてなんと、12時間ほど寝てしまったぴあのです!

おなもみの仏像彫刻教室から帰ってきて、疲れてお布団にバタン。ヽ(o _ _ )o

ちょっとだけ、寝るつもりだったんですけど・・・
何度かおなもみが起こしに来てくれたのですけどね、その度、「うん、起きる」
と言って、起きることなく寝てしまったようで・・・


今朝、6時前に目が覚めて窓の外を見ると、それはゴージャスな真っ赤な朝陽
が昇ってくる光景に出会いました。

「すっごー☆」

あんまりきれいなので、 お散歩に出ました。

田んぼの脇の道をぐるっと歩いて大きな道に出たとき、前方に、お散歩中の
わんちゃんが☆ 
しかも、雑種♪ ← 雑種大好きぴあの

私は、わんちゃん大好き大好き大好き萌え萌え人間なのですが、特に雑種
ちゃんには目がありません。(こういう場合、目がない っていうのか?)

か・・・ かわいいっっっっ!!!(きゃーーーー☆)


ちょっと尻尾の形が違うけど、足の長さといい、格好といい、ピュンピュンに
そっくり!

どんなお顔してるのかな、見たいな☆
(雑種ちゃんの醍醐味はオリジナル。前からちゃんと見ないと、どんなお顔
しているのか、どんな子なのかわからない、そこがまたいいのよねえ~~♪)

と、そのわんちゃんに近づこうと思ったのですが・・・

何しろ向こうは足の長いわんちゃんと、お散歩させているのは男の人。
こちらが小走りで走っていかなければ、とても追いつけそうにありません。

そのわんちゃんに追いつくのは、あきらめました。 (T_T)
(どんなわんちゃんか見たかったな。どこの子かな、また会えるかな)


明日はピュンピュンの四十九日なのです。
日がたつのははやいです。

写真は、三年前の秋のもの。
仏像を彫っているおなもみ、その横でくつろぎおなもみを見ているピュンピュン。
なんか穏やかな波動で、大好きな写真なんです。


   おなもみとピュンピュン - 90824



ピュンピュンは、おなもみのおにいちゃんということを自覚していて、おなもみが
どんな手荒なこと(愛情表現なのですけど)をしても、いつもひたすらじーっと耐え
ていました。(笑)

そして、そんな時に私やタリバンがその場にいると、
「ピュンピュン、がまんしてたの、えらいねえ、かしこいねえ、」

と褒めてやるので、おなもみの愛情表現に耐えた後、

「ぴゅんぴゅん、あんなことされたんだよ、でもがまんしたよ、」

と、私やタリバンのところに、ふごふご言いながら (自分はしゃべっているつもり
だけど人間語にならない) 訴えに来るのでした。

そして私たちに、「えらいねえ、」 となでなでされて、ストレスが帳消しになるので
した。






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ぴあのサファイア

Author:ぴあのサファイア

水晶、女神、天使と交流します。すべてのいのちとの調和を望みます。天の光と、私たちに内在する光の意識が呼応し、響きあい、この地上が光の世界となりますように。


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