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昨夜私は徹夜でした。
徹夜で何をしたか というと メッセ です。(言わばチャットですね)
相手は男性です。…((((o゜▽゜)o))) ドキドキ♪

げんさん という、名前は江戸っ子の職人みたいな響きですが、これがまたさわやかな
好青年で、げんさんのサイトを読んだだけでげんさんをイメージしていたら 実際お話をした時、
または、お会いした時、(私はお会いしたことはありませんが 友人が会って言うことには)
そのクリアーなさわやかさでもって それまでのげんさんのイメージをみごとに裏切ってくれる
という 『思い込みの恐ろしさ(?)を知るには最高の教材』のような人です。
(どんな紹介の仕方やねん。)

げんさんは屋久島在住。独身。三十ン歳。
最近、民宿『マハラジャ』を始められました。
(皆様、屋久島に行かれた際にはぜひ!マハラジャにお泊りください)

げんさんとのチャットは2回目ですが、前回も朝までチャットだったのです。
げんさんの精神世界への造詣はそれは深いものがあり、またヨガを基本とされたその知識は
私にはとても新鮮なもので、お話をしていると時間というものが無くなってしまっています。

昨夜も 「3時まで」 と、日付が変わった頃からメッセを始めましたが、
(今回はメッセです。 違いが分からない方、ひっくるめてチャットだと思ってください)
3時になったので そろそろお開きに と私の頭の中で考え始めていたところ、げんさん、
「ぴあのさんと話をするにはエネルギーを上げないとついていけない」 ということで
(げんさん、一体私ってどんな・・・?( ̄_ ̄)?・・・)
よくはわからないんだけどヨガの技法のひとつ、”バンダ”(だっけ?)でエネルギーを
上げていたらしいげんさん。 「目が冴えてきた」ということで・・・o(-_-;*) ウゥム…
・・・結局朝の6時半まで・・・(爆)

空について、無について、瞑想について。
光の世界のこと、ヨガのこと、アセンションのこと。
果ては『脳内麻薬エンドルフィン』の話にも花が咲いて。

とっても素敵なお話を聞きました。4000千年前のヨガの経典に ”月のしずく” という表現で
出てくるというロマンチックな響きのこの言葉。
『瞑想する→深い瞑想に入る→呼吸が止まる(つまり時間を超越する)→そうすると月のしずくが
落ちてきて恍惚感が全身を覆う→すると 執着が消える』 というお話だったのだけれど 
聞いているだけで気持がよくって 実はもう一人一緒にメッセをしていた虹色天使さんと二人で
感動していました。

あ、でも そういう話ばかりしていたのでもなく、屋久島の話やおもいっきり三次元話で
盛り上がって 大爆笑していたりも。 _(__)ノ彡☆ばんばん

げんさん、ここ数ヶ月ネットに繋がらない状態で、つい半月前にやっと繋がったばかりなのです。
それで、げんさんに承諾いただき、今回 このサファイア日記にげんさんのサイトをリンクさせて
いただきました。

トップページの ”お気に入り一覧” にリンクをはりましたので、ぜひぜひ、げんさんのサイトに
訪れてみてください!『GO!GO!屋久島』です。こちら からも飛べます。
(kimikimiさんの 屋久島ナチュラルヒーリング もよろしく)
Diary と Paradise は、とにかくおかしいです。笑ってください。
でも、そのげんさんを 『げんさんだ』 とイメージすると思い込みになりますからね!
その他のコンテンツも、げんさんの屋久島への愛の深さを感じることができるすばらしいページ
ばかりです。 私のお薦めは ”Gallery” です。何度見ても感動で、ジ~~ン です。。。

げんさんは 『たとえ子供であっても 尊敬できる人には 私は頭を地面につけますよ 心から』
とおっしゃる、とっても謙虚な方なのですよ~(*^▽^*)
この言葉にも昨夜 げんさんのお人柄を見たように思います。

げんさん、素敵な夜をありがとう☆ o(≧∇≦)oキャ♪
(↑ まさかこの一行だけ読む人はいないと思うけど、ここだけ読むとなんだか・・・だわね)

ところで、今日のおなもみは今現在爆睡です。(午後8時)
昨日と ”えらい違い” ですが、今日 私の妹といとことで またまたあの史跡公園に
行ってきたのです。
今回は妹がソリを持って行っていたので それで史跡公園の丘を何時間も(!)すべっていたのだ
そうです。
史跡公園の素晴らしい眺めは こちら 3月20日の日記、『友との一日』 をご覧ください。
日記の下の方に写真をアップしてあります。
その後、帰ってから、妹の家からかなり歩いたところに石切り場があり、そこまで歩いて灯籠を
見に行ったのだそうです。
大きな大きな灯籠があった と喜んでいました。

最近、うちの灯籠にもエネルギーが来ているのだそうです。
エネルギーが来ているのが見えたのは 今日で二回目だそうです。
ピンク色のエネルギーだと言っています。
まだまだ「さ~~~」ではなく、「さっ」 らしいのですが・・・(エネルギーの降りてきかた)
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今日の私はネガティブです。。。o( _ _ )oショボーン
なんだかわからないけど 『穏やか』 も 『愛』 も どこかへ行ってしまって・・・
景色の色と 感じる空気が 明らかにいつもと違うのがわかるのでした。

日記も いつもなら、特別書くことを決めていなくてもパソコンにさえ向かえば「あ、あれ、書こう」
と閃き、キーボードの上を勝手に指が動き出すのに・・・
(という感じなのです。いつも・・・ まあ、ネタに困っている時も実はありますが・・・ 爆)
今日は何を書こうかなあ と、考えるのさえおっくうで、パソコンの前に座っても 何も思い
浮かばない というか、気分が重く、クリアーとは程遠い波動なので 書けば何か愚痴に
なりそう。。。(実際、愚痴を書こうとしていました・・・爆)

うう~~ん、これではいけない と思い、瞑想とまではいきませんが、目を瞑って静かに静かに
心を落ち着けてみました。
ネガティブを感じてみました。

目を瞑った向こうで白いブラウスを着たきれいな男の人が腕組みをして微笑んでいました。
(あ、ぴあのさん、ヤバイ と思ってます?こういうことしょっちゅうですのよ、ほほほ)
誰だろうなあ・・・ 自分を見つめている私かな?(でも、イケメンだしなあ・・・)
見えるものは仕方がないので その人としばらく一緒にいてみました。ら!
突然 ピアノの練習をしていたおなもみが、「わからない~~~」と 楽譜を持って
泣きながら私のところへやってきました。
ハッ と我に返る私・・・びっくりした~ と、現実に戻り、赤鉛筆でおなもみが弾けないところに
チェックを入れてアドバイスしてやると おなもみはまたレッスン室へ・・・

再度挑戦・・・と 目を瞑り・・・静かに静かに・・・すると!
おなもみがまた泣きながら そして今度はなんと鼻血を出しながらやってきました!
鼻血はすぐにおさまりましたが、私の意識状態はイケメンからはぷつ っと切れてしまい・・・


昨日 kimikimiさんの日記サイトで久々ホームワークが出たので、何もかも片付けて
おなもみも寝た後の静かな時間にゆっくり取り組もうと思っていたのですが・・・

kimikimiさんの宿題は 何の邪魔も入らない時間に 一人でしず~かにやるのが
常なのですが、今日は何もかも調子がでないこともあり、もしかして宿題に取り組むことで
このネガティブから抜けられるかも と、日記を後回しにすることに決定。

うるさいうるさいハイテンションのおなもみの横で うう~~んと・・・と あれこれ考える私。
なんとか答えを書いて投稿。してみたら!

ネガティブがどこかへ行ってしまっている!!\(◎o◎)/!
あんなに今日一日ネガティブだったのに あの感情はどこへ?何処(いずこ)?
おそるべし、kimikimiさんのホームワーク!
ポジティブ、ネガティブをテーマにしたホームワークだったしね(^_^)v
それが良かったのかな!?(私にベストだったのかも)
なんだったんだろうなあ~ あのネガティブ・・・ と、幻でも見ていたような気分。

愚痴、書かなくてすみました。o(*^▽^*)o

おなもみは、まだ超ハイテンションです。(午後10時半現在)
おなもみの頭脳回路、どこか一本線が切れているんじゃないかしら・・・

今日は朝、引越し前にたろうくんの姫ちゃまたちがおなもみの雛人形を見に来てくれる
というので、おなもみを起こしてそのことを伝えました。
起きるなり うれしそうな顔になり、「おなもみね、もう一回絶対会える って思ってたの」と
ルンルン気分♪
トイレに入り、なぜか『贈る言葉』を朗々と(?)歌いだすおなもみ・・・(爆)
それが、歌詞ではなくドレミで歌っているところがおなもみらしい。
先日まで、レッスンに来ている生徒さんが学校で弾くことになったから と、『贈る言葉』を
練習していたので自然と耳に入っていたようです。
でもおなもみ、この曲の内容をちゃんと把握していたのね??(いつの間に・・・)

朝、8時半ごろ姫ちゃまたち三人とクッキーちゃんが来てくれました。
おなもみ作雛人形に三人、感激してくれて我が家のリビングはにぎやかにぎやか。
おなもみも、自分の雛人形を見てもらえて大満足の様子。

そして最後にもう一回、たろうくんが家を出発する前に会いに行って、お見送りしました。
たろうくんと笑顔で握手をして 「気をつけてね~~」と手を振り たろうくんの運転する車が
出て行くと、やっぱりちょっとうるうる・・・ときてしまった私でした。
行っちゃった・・・たろうくん・・・
うん、でも悲しくなんかない!だってたろうくんとは意識の深いところで繋がっているもの。(^_^)
(サファイア美女軍団の皆様、私が号泣だったであろう との推測カキコを掲示板にどうも!
 結構、さっぱりです☆ えへっ゚。(*^▽^*)ゞ )

おなもみは・・・・・・と見ると、全く普通。ヽ(__ __ヽ)コケッ!!
おなもみの中では、もう中姫ちゃんのことはクリアーされているようでした。
良かった。
おなもみ、中姫ちゃんの出発までに おなもみなりにちゃんと自分の中のネガティブな想いを
消化したのね!
やっぱり心配には及ばなかった。
kimikimiさんのアドバイスどおり、おなもみを信頼してやって良かった。
信頼で返してくれたおなもみでした。

サファイアマダム達が言うように、以前の私ならきっと号泣だったでしょう。
別れはつらい と思うのは思い込みかな?
私はすっきり軽やかです。
こういう私はピンクサファイアの皆さんから見たらつめたいと映るでしょうか・・・
でも私は、きっと号泣していたと思う過去の私よりも、今のすっきりな私の方が たろうくんへの
愛はずっとたくさんです。

たろうくんから 引っ越しをする という話を聞いたとき、え? と思ったけれど、全く悲しみ、
寂しさはなかったのです。
ただ、近所に住んでいるたろうくんがいなくなる それだけのこと。
顔を見ることができなくても、会って話しすることができなくても、そういう表面的なところを
通り越した精神的なところで もうすでに私とたろうくんは繋がっていました。

これから、どのような違った形での付き合い方ができるのか、そしてそれによってまた
どのような新たな気づきがあるのか、わくわくします。

おなもみも私も、すっきりさわやかにお別れができ、とても軽やかです。

ひとつ気になることは・・・
おなもみがいつものハイテンションなのはいいのですが、今日は一日中「好き好き」を
求めて私に抱きついてくること。
さっきまでも 「おなもみ、今日はすっごくごきげ~~ん♪」と なにやらはしゃぎっぱなし。
そして急に、「今日はお昼前 中姫ちゃんとお別れするのがすごく寂しくて おかあさんに
好き好きばっかり言ったね。」(私に好き好きしよう と抱きついてくること) と、おなもみが
私に話しかけてきました。
そう言った後で、「おかあさん、もう一回好き好きしよう」と抱きついてきました。
ぎゅ っとしばらく抱き締めてやると、「でも、もうごきげんになったの」と、またハイテンションの
世界へ・・・(本当に今日は一日何回も好き好きを求めてきたおなもみなのです)

このハイテンション、おなもみが無意識に無理をしているのでなければいいけれど・・・
あ、信頼してやって良かった と上に書いたばっかりなのに・・・(滅)
もし、そうであったとしてもきっと大丈夫ね。
おなもみを心から信頼してやろう。
ちゃ~んと自分でクリアーするって。
暖かく見守ってやろう。

たろうくん、今まで私は自分のことばっかり考えていてごめんなさい。(伏)
新しい土地で一からスタートのたろうくん。
またそちらで、『ひとつ』を感じられる友との素敵な出会いがありますように・・・

昨日、N響アワーを見て(聴いて)いると、私の大好きなチャイコフスキーの四番が紹介されて
いました。
指揮はアシュケナージ。
「何!!??」と叫んで、(私が大きな声で叫んだのでおなもみがびっくりしていました)あわてて
ビデオをセットしたけれど、『それでは二楽章を聴いていただきましょう』という 若村麻由美さんの
ナレーションで、「なんだ 二楽章だけ?」と録画ボタンを押すのをなんとなくやめたのです。

ところが!
録っておけば良かった・・・と激しく後悔。。。
もともと大好きなこの曲。なのにここ何年か聴いていなかったのです。
二楽章が流れてきた途端、思い出したのです。
この曲を聴くといつも胸が締め付けられる ということを・・・
感動の嵐に巻き込まれるということを・・・
案の定、テレビの前に放心状態で座り込んで動けなくなってしまいました。
そして、涙が・・・
あとからあとから流れてきて止まらなくなってしまいました・・・

他の曲を聴いていてもこういうことはよくあるのですが(涙涙)この曲は特別なのです。
何か、特別なのです。
どうしてなのか、特別なのです。
そして、それはこの二楽章において もっとも特別であったことを思い出しました。

昨日涙が止まらなくなったのは、アシュケナージの影響もかなりありました。
二楽章のなんともいえない悲しい、祈るような旋律、その旋律を大切に大切に護るように響く
対旋律や弦と管 その美しい伴奏の絶妙なバランス。
繊細なこの曲のすべてを全身全霊で感じ、すべてを全身全霊で抱き締めるように指揮する
アシュケナージ、その人がすでに音楽でした。音楽への祈りの姿でした。
至上の美しい世界に魂を震わせ演奏している人の波動は、あまりにも神聖で感動的です。

私は、アシュケナージの演奏が終わった後、チャイコフスキーの4番のCDを取り出し、かけました。
カラヤンの演奏です。
カラヤンも、緩徐楽章は今日のアシュケナージのように指揮する人だったなあ・・・
オーボエの旋律が私の心の奥へ奥へと響いてきます。
目を閉じて美しい旋律を聴いていると、私はどこにいるのだろう とそれすらあやふやに
なるほどの別世界に入ります。
たしかにいるはずの自分がいなくなり、なんともいえない心地よい空間を漂うのです。
そして、外の世界から意識が遮断された私の心は、静かに静かに静まり、音楽とひとつに
なるのです。
私が音楽になるのを感じるのです。
これはもう、至福の境地です。感動です。
あまりの感動に魂が震えて、涙がでてくるのです。
この涙は、私を清めてくれる浄化の涙のような気がします。

昨日から一日中、この4番の二楽章をエンドレスで流しています。
美しい旋律の美しい波動に包まれた部屋で、おなもみが昨日中姫ちゃんたちからもらってきた
四個のビー玉を宝石箱から出して独り言を言っていました。

「このビー玉は上姫ちゃん。これをこうやって握って(と、そっと小さな手に包み込む)目をつむると
上姫ちゃんに会える」
「このビー玉は中姫ちゃん。これをこうやって握って目をつむると中姫ちゃんに会える」

と、ビー玉をひとつずつそっと握って目をつむり、一人一人を感じていました。
今日、仲のいいお友達みんなでたろうくんの家にお別れに行って帰って来た後のことでした。
帰り道、泣きそうな顔で下を向いて歩くおなもみを見ると、私の方が先に涙がででしまいそうに
なりました。

お別れの儀式は何度やっても足りないのか、今日も中姫ちゃんに手紙を書いていたおなもみ。
みんなとお別れに行った時 持って行っていなかったので、「渡さなくていいの?」と聞くと、
「いい」という返事。
「あとでやっぱり渡しておけば良かった って思うとつらいよ。渡してきたら?」と言うと しばらく
考えて「うん。やっぱり渡してくる」と、玄関へ・・・
「ねえ、何書いたのかちょっと見せてくれない?」と おなもみの後姿に声をかけると おなもみは
「いや」と言って見せてくれませんでした。

帰って来たおなもみは、さっぱりした顔でいつものおなもみに戻っていました。
今日久しぶりにおなもみが寝るときに髪をなでてやりました。
ここのところ忙しくて、おなもみが布団に入り「お母さん、髪なでて」と言っても 「ちょっと待ってね」
と言いっぱなしで、気がつけばおなもみは寝てしまった後、そんな日が続いていました。
眠りかけているおなもみの髪をやさしくなでると 目をつむったおなもみが微笑みました。
額にキスを繰り返して「かわいい」と言うと、おなもみが「大好き・・・」と言って眠りに落ちて
いきました。

寝ながら笑みを浮かべているおなもみの髪をまだしばらくなでてやりながら 私はまた穏やかな 
あの優しい母の顔になっていました。
部屋には二楽章のオーボエの音(ね)が、静かに、私たちを包み込むように流れていました。

昨日からおなもみは紙で工作に取り組んでいます。
今回は雛人形です。
昨日、三段の雛人形を作りましたが、今日は六段にしたい と、昨日の三段に継ぎ足しを
しています。
今、ひな壇を作成中です。(午後6時現在)
雛人形達も、全部紙で顔の部分と着物の部分を作っています。
今のところ、お内裏様、お雛様、三人官女、それと牛車(?)が作られています。
六段になるとその上に、「ごーにんばやし と 三人のおじいさんと、右大臣左大臣を作るの」
だと、本人は言っています。

おなもみは、五人囃子のことをいつも「ごーにんばやし」と言います。(たぶん、歌のまま覚えている)
余談ですが、貨物列車のことを「かもーつ列車」と言っていたり・・・
かもーつ列車は「かもつ列車だよ」と教えてやったのですが、なぜかすぐに「かもーつ列車」に
もどっています・・・o(-_-;*) ウゥム…
「ごーにんばやし」は、なんとなくかわいいのでそのまま聞き流している私です。(>_<)
(え?ちゃんと教えてやれ って?)

で、右大臣、左大臣はわかるとして、おなもみの言う「三人のおじいさん」ってなんて言うの?
正式名称あるのですか?姫様をお持ちのお母様方、教えてください・・・(伏)

突然話が変わりますが、午後からお友達のお箏の発表会を聴きに行ってきました。
おなもみが「着物を着て行きたい」と言うので、主人が着せてやっていました。
ん?どうして主人が って?
私、めちゃ不器用で 私が着せると着物が始めからくずれまくりなのです・・・o( _ _ )oショボーン

発表会は、心のこもった演奏で、暖かい雰囲気の中素敵な音色に聴き入りました。
お箏の音って本当に癒される。
私はお箏を弾いている人の手元を見るのが大好き。
美しい演奏をする人の手元はとても優雅に動くのですね。(芸術だ!とさえ思ってしまう)
演奏を聴かなくても 手元を見ているとその人の演奏が上手なのかどうかがよくわかります。

あ、余談になりました。(今日は余談が多い)
美しい箏の音に癒され、婆様(先生のHN)の美しいお着物姿と優雅な手元に魅せられ、
とってもいい気分で帰ってきました。・:*:・(*´ー`*)ウットリ・:*:・
おなもみは、その着物姿でたろうくんちの姫ちゃまに会いに行きましたが、近所の子供たちが
姫ちゃまたちといっしょにいたので、その子たちには着物姿が恥ずかしいらしく、
ほとんど何もしゃべれず帰ってきました。o( _ _ )oショボーン  ←まさにこんな感じで・・・

着替えを済ませて、「もう中姫ちゃんと会えない?あれでおしまい?」と またまたつらそうに・・・
「じゃあ、もう一回会いに行ってちゃんとお話しておいで」と言ってやると ぱっ と顔が明るくなって、
玄関を飛び出して行きました。

帰って来たおなもみ、ビー玉を四個、もらってきていました。
ビー玉を私に見せてひとつひとつ指差しながら、「これが上姫ちゃん、これが中姫ちゃん、
これが下姫ちゃん、これがクッキーちゃん(たろうくんちのワンちゃん)」
なるほど!このビー玉は一人、一人なんだ!ちゃんとクッキーちゃんまでいる・・・
なんだかとても感激してしまった私でした。(うるうる・・・)

おなもみは、「このビー玉、大切にする」と言いながら、グランドピアノの形をしたロココ調の
きれいな宝石箱の中にビー玉を大事にしまいました。

夜10時、おなもみ作雛人形が完成しました。
「日記に載せておいてね」とおなもみ。
画像が小さくて、細かいところがよくわからないと思いますが・・・
フンフン♪とチャイコ5番を口ずさみながら作った雛人形です。
この日記にチャイコ5番を流せたらいいのになあ・・・
(雛人形とチャイコフスキー、とてもミスマッチなところがおもしろいと思うんだけど)

直樹雛1 直樹雛2

今日は夜仕事がなかったのでおなもみとゆっくり一緒にお風呂に入りました。
いつも仕事が終わりきるのが 8時 9時 と遅い ということもあるけれど、おなもみとお風呂に
入ると とにかく長風呂になるのです。
一時間はみておかなければいけないのです。
あまり一緒に入れるときはないのですが、私に時間の余裕があれば できれば一緒に入るように
しています。

お風呂って最高にリラックスしますよね。
一日働いて疲れきった体も心も緩んで、心身がほ っとする一時。
そういう一時をおなもみと一緒に過ごすのは 私にとっての癒しの時間です。

お風呂に入っている間中、おなもみはたわいもないことを延々としゃべり続けています。
本当にたわいもないこと。
よくまあ、これだけいろいろ次々とめまぐるしくおしゃべりすることが出てくるなあ と
いつも感心してしまいます。
私はおなもみのおしゃべりを真剣に聞くでもなく さらさらと耳に入ってくるそのおしゃべりを
とても心地よく感じ、味わって、楽しんでいます。

でもおなもみとのお風呂タイムは、そんなリラックスおしゃべりタイムに気を緩めて
のんびりした気分に浸っているだけではありません。
油断していると、ん!? と夢から覚めたように真剣に聞かなければならない話題が急に
おなもみの口から飛び出してきます。
それは、神様のことや、仏様のこと、宇宙のこと、愛のこと、それからおなもみが日々学校や
社会生活で感じる腑に落ちない精神的なこと 等。

こういう話になると さらさらと耳に入れて ふ~~ん と相槌を打つだけでは当然ダメで、
私も真剣になります。
何しろ私の返答しだいで宇宙の真理を知りたいおなもみに 偽情報(?)を刷り込むことに
なるのですから!! o(-_-;*) ウゥム…
でも、私の理解など知れているし、私のボキャブラリー、キャパシティーも 私の範囲内のもの。
精一杯私なりの返答をしてやるしか、それしかありません。

私の言うことを 「うん、うん」と聞きながら、「それはこう?」「それってどういうこと?」と 
‘頭をフル回転させながら’聞いてくるおなもみ。(まさにそんな感じなのです)
こちらも頭をフル回転させながら 「・・・と、おかあさんは思うの。」 と、『思う』をつけておく私。
(情けな~い  滅 o( _ _ )oショボーン )

おなもみは、きっと母の私を越えていく存在だろうから、もし私が間違ったことを言っていた
としても、いつか自分から真理を悟り、理解し、本質を知り、そして気づきを深めてくだろう。
そして、真理を実践していってくれるだろう。
そう思っています。

さて、そういう難しいお話におなもみなりの納得がいくと、やっと湯船から出て身体を洗います。
私は、身体を洗っているおなもみをず~っと見ています。
かわいいなあ・・・ と、おなもみから視線がはずせないのです。
その時の私は、ニコニコしているでもなく 微笑んでいる というでもなく・・・ きっと、とても
安らかな顔をしているのだ と思います。

おなもみをじっと見つめていて ふ と我にかえる時、私は自分が確かに安息の地にいる と、
”心が澄みきり 安心しきって 見えないけれど感じる私を優しく包み込んでいるオーラ” を
感じます。

そして、自分では見えないけれど、その時私がどんな顔をしているのか 自分でよくわかります。
私はその顔を知っています。
何度も何度も見てきました。
ふと視線を感じて目をやると、私を優しく優しく見つめている母の顔が何度あったことか・・・
いつも見る 知り尽くした母の顔とはまた違う、穏やかな、愛で満たされた、なんともいえない
優しい顔。
私は その母の顔が大好きでした。
そして、私も おなもみを見つめる時、同じ顔をしているのだ とわかります。
おなもみを見つめる時、母を一緒に感じます。
無条件の愛を、感じます。

おなもみは昨日、今日と とてもナーバスです。
原因はたろうくんの中姫ちゃんともうすぐお別れしなければならない そのことのようです。
昨日、通信簿のことでかなり神経質になっていましたが、その昨日の夕方、文具店に
鉛筆を買いに行ったときおなもみが「このふでばこ欲しいな~」と 店に陳列してあるふでばこの
ひとつを手にとって眺めていました。
2ヶ月ほど前に新しいふでばこを買ったばかりなので、今のふでばこが使えなくなったらね
と言い、あきらめさせたものの、何度ダメな理由を言っても いつものおなもみなら素直に聞くのに
昨日は「ふでばこがほしい」と言いながら帰ってからも泣き出す始末・・・
それから寝るまで 何かにつけ「ふでばこがほしい」とつらそうに言い、
布団に入ってからは泣きながら寝ていました。

おまけに、今朝は起きた瞬間から泣いていて・・・
午前中は部屋をあっちに行き こっちに行き、落ち着かなく、目には涙を溜めていて
しまいに わあわあパニックになったように泣き出しました。
私に抱きついてくるので ぎゅ っと抱き締めてやり、パニックのように泣いているので とにかく
おさまるまで髪をなでてやったり背中をなでてやったり・・・
ようやく落ち着いてきたので「何がそんなに悲しいの?」と聞くと、
「ふでばこがほしいの」 ・・・私、(_△_;〃 ドテッ!

それから後もずっとマイナーおなもみ。
いつものおなもみは、一日中笑っているか歌っているかしゃべっているか、とにかく明るいのです。
よくまあ、一日中こんなハイテンションでいられるな とあきれるくらい。
ハイテンションが一日中ず~~~っと。
親の私もそのハイテンションについて行きかねるときがあり、よく 「ちょっとじっとしていて」とか 
「ちょっと黙っていられないの?」などと言ってしまうほど・・・

ふでばこが欲しい理由に何かふか~~いワケでもあるのか と思った私は、再度おなもみに、
「どうしてあんなに泣いたの?ふでばこが欲しいだけであんなに悲しいの?それとも何か他に
理由があるの?おなもみが思っていること全部話してみて」と言ってみましたが、
「ふでばこほしいの ほかになにもない」という返事・・・ふたたび、ガクっ・・・

でも、今日、たろうくんと話をしていて、はっ と思ったことがありました。
昨日、たろうくんが学校に用事があって行った時、おなもみのクラスで もうすぐお別れする
たろうくんの中姫ちゃんとみんなが お別れの握手をしていたのだそうです。
その時のおなもみ、それはそれはもうつらそうな顔をしていたらしく、昨日しょんぼり帰って来たのも
通信簿のことだけではなく、その時のつらい波動をそのままひきずって帰って来たのだな と
わかりました。(気づくのが遅い母でした・・・滅)

おなもみと中姫ちゃんは、精神的な部分で繋がっている大親友でした。
中姫ちゃんと遊ぶ時のおなもみは、おなもみ本来のおなもみで遊んでいました。
相手に合わせたり、何か我慢をして遊びを共有する ということが全くないようでした。
おなもみにとってこの4年間の中姫ちゃんとの関係は、かなり精神的に影響が大きかったようです。
お互いがそう思いあっていたように思います。
その相手が自分のそばからいなくなる。
ある程度年齢がいけば、自分のネガティブな感情がどこから来るものなのか ということを
分析して、うまく対処していくのでしょうが、おなもみには 今自分がとても不安定にあるということ 
それすらも把握できていなく、ただ何か悲しい、つらい、わけのわからない不安感で 小さな胸は
時々張り裂けそうになるのだな と思いました。
そのわけのわからない悲しみ、不安感を いつもならそこまでネガティブになるほどでもないことに
感情のやり場を持っていってしまうのではないか と思いました。

もうお別れだから と、仲のいいお友達どうしで撮った記念の写真をいただいたのですが、
何枚もある写真、おなもみはどれも笑っていませんでした。
暗い表情のおなもみ。

実際に中姫ちゃんがいなくなった時のおなもみを考えると 昨日今日のおなもみを見て 
私も少し心構えがいるかな と思い始めました。
繊細なおなもみをどう受け止めてやったらいいか・・・
その時になってみなければわかりませんが。

今日のおなもみ、中姫ちゃんを家まで送っていって帰って来たとき、とてもつらそうな顔をしていて
「おかあさん、まだ遊べる日 ある?もう一回遊べる?」と何度も聞かれました。
帰る間際に子供たちどうし、「最後だったね。四年間ありがとう 楽しかった」と言い合っているのが
聞えてきました。
帰るとき、中姫ちゃんが私に「四年間 どうもありがとうございました」と 礼儀正しくお礼を言って
帰っていきました。
なんていい子なんだろう。
初めての集団生活で不安でいたおなもみに、こんないい子が最初に親友になってくれて
汚れないこの年齢に おなもみと友情を分かち合ってくれたこと 感動です。
ありがとう と心から感謝します。

今日は、夜 既製の仏画の色塗りをしていたおなもみでした。
きれいに 丁寧に塗り上げていっていました。
おなもみにとって 仏様の絵を描いているときは 本当に心やすらぐのだろうな と思いました。
おなもみの未来の時代には『一人一人が生きた仏となり、神の宿る社(やしろ)になっているでしょう』
というkimikimiさんの昨日の日記へのコメント。
深く感動しました。
今、仏を描いているおなもみが、宇宙の真理に気づき、それを生きられるようになる。
外に仏や神を求めるのではないすばらしい時代が来る。
それは、アセンションした未来 ということなのでしょうか。
おなもみに、どんなことも静かな心で見つめられる深い深い意識が育って欲しい と切に願います。

今日は終業式。
おなもみは、とっても‘元気なく’帰ってきました。 o( _ _ )oショボーン ←こんな感じ
「どうしたの?」と聞いても 「何でもない」で終わり。
「元気ないね」と言うと、「忙しかったの」
「何が忙しかったの?」と聞くと、学校でこんなことした あんなことした と話してくれるんだけど
それが忙しかったこと?と私は腑に落ちず、とりあえず ふ~ん と聞いていました。
「それは忙しかったね。大変だったのね。」などと話をしているうちに 「おかあさん、通信簿がね・・・」
と本題に触れてきました。
どうやら自分が思っていたより悪かったらしい・・・

実は私は通信簿に全く興味がなく、いつも終業式には通信簿をもらってくる というあたりまえの
ことを全く忘れているのです。
一学期の終わりも二学期の終わりも おなもみから「これ」と差し出されるまで 通信簿の存在を
忘れていました。
今日も、おなもみが言い出すまで通信簿のことなんか全く忘れていました。(爆)
まあ、こんな親もめずらしいと思いますが、おなもみにとって通信簿はそれほどまでウエイトを占めて
いるものなのですね・・・(ってそれがあたりまえなのかな?)

私は塾をやっていることもあり、その中でおなもみがどのくらい勉強ができているのか ということを
きちんと把握しているので、算数や国語の成績のランク付け(ってこういうのホント好きじゃないけど)
等、ほとんど気になりません。
(というと、おなもみが成績がいいように聞えますが、おなもみ、お勉強はいまひとつです)
一個人の先生から見た、それこそ それが正しいことかどうかもわからない判断だし、
違う先生から見たら また違う評価かもしれない そんなあやふやなものに一喜一憂するのも
なんとなくバカらしいような気もして・・・
私が知りたいのは、学校での生活態度や協調性、責任感など、お勉強以外のことです。
それらのことがきちんとできているようであれば、勉強などはそこそこでいい と思っています。

それよりも、おなもみの精神的なことや素直なこと、抜きんでた素質(絶対音感があること ピアノが
上手なことなど)を大切にしてやりたい と、そう思っているので、おなもみにそのことを言ってやり、「おなもみはおかあさんから見たらオールAだよ。こんないい子はいないよ。」と 私の気持を
心から伝えてやりました。

おなもみも、少しずつ顔が明るくなっていきました。
でも、今日はやっぱり何かにつけ、通信簿のことを気に病んでいるようで、ふ と「通信簿がね・・・」
と私に擦り寄ってくるおなもみでした。は~・・・(滅)
母がいい って言ってるのに~~・・・

昨日は「思い出」という 一年間おなもみが書いてきた作文を綴ったものを持って帰っていました。
その表紙には、埴輪が描かれてありました。(おなもみらし~)
今日持って帰ったのは 一年間、図工の時間に描いた絵などを入れた大きな手作りバック。
それには「大仏様」の絵が描かれてありました。
学校で「大仏様」を描いたんだ ということを少し前に聞いていたので、持って帰るのを楽しみに
していました。
この大仏様、おなもみが言うには「虚空蔵菩薩」らしいのですが、おなもみ想像上の大仏様
らしいです。
大きさは奈良の大仏様をイメージしているということです。
(でも、本物の奈良の大仏を見たことないおなもみですが)

直樹仏


画像だと小さいですが、描かれてある絵は結構大きく 私はこの大仏様がとても気に入りました。
リビングに飾っておこうと思います。

仏様の絵を描いたり、工作をしたり、何か創作をしているときのおなもみは とてもおなもみらしい 
と思います。
私はおなもみがおなもみらしく育ってくれれば それでいいと思います。
子供にあれこれと親の期待をおしつけてしまって ストレスでいっぱいにさせるなんて 
そんなのかわいそうですものね。

それから、昨夜 日記のコメントにkimikimiさんからいろいろとアドバイスをいただいたこと、
おなもみに聞いてみました。
「おなもみはどんな気持で埴輪を作っているの?」と聞くと、しばらく考えて
「心を込めた埴輪にしよう だけ」
私「それだけ?」
おなもみ「うん。心を込めて作ろう って」
私「ふ~ん それじゃあ、どんな気持で神様に埴輪を飾るの?」
おなもみ「これ どうぞ、心を込めて作りました だけ」
私「そう~~。・・・・・・(それだけかあ)」
よーく聞いてみたかったけど、おなもみにとっては それだけ らしい・・・
これでは よーく になっていないような気もするけれど、おなもみが それだけ というので仕方が
ないなあ・・・

kimikimiさん、これを読まれて何かアドバイスなどあれば、ぜひよろしくお願い致します。(伏)
それと、気持のいい埴輪を見るように ということですが、私は埴輪がそれほど気持いいものとは
思えず 私には気持のいい埴輪 というのがちょっとわかりづらいです。
このことに関しても何かアドバイスがあれば、ぜひよろしくお願い致します。すみません。(伏)

今朝おなもみを起こしたら寝起きが悪くなかなか布団の中から出てきませんでした。
こういう時は大抵、目に涙をためてうるうるしているのよね・・・
案の定、起きた と思ったら泣いている。。。
「どうしたの?」と声をかけても、こういう時は毎度何も言わず黙々と着替えをするおなもみです。
今日もそうやって着替えを済ませて私のひざの上に乗ってくるのでしばらく抱いていてやりました。
「怖い夢でも見たの?」と聞くと、うん と無言でうなずくので 「どんな?」と言うと
「埴輪がね、動く夢を見て怖かったの」
文化の森(というところがあるのですが)の埴輪が15体くらい カタカタ カタカタ と動いて
それがとっても怖かったのだとか・・・
ふ~~ん・・・泣くほどだからよっぽど怖かったのかな?

おなもみの恐怖がおさまるまでしばらくぎゅっと強く抱き締めていてやりました。
学校に行く時間は刻々と迫ってくるけれど、気になりませんでした。
以前の私なら、学校に遅れるじゃないの という気持が先にたち、
「そのくらい、夢でしょ?大丈夫よ いつまでも泣いていないで早く用意しなさい」くらい
言っていたかもしれない。
あまやかすのと愛で受け止めてやるのは違いますよね、当然。
そこをよく見極めて子供を抱き締めて、子供の気持を抱きとめてやれる そういうふうになれたら
いいな と、心から思います。
いつどんな時も 愛の波動で子供を包み込んでやれる母親になりたい と思います。

私はおなもみに愛の世界で生きてもらいたい 心からそう願います。
それには、育てる私が愛の世界にいる人でなければ と思います。(当然ですよね)

この世の中が、愛で満ちたものになるか 恐れや不満で満ちたものになるか そして、そのどちらを
感じられるように育つか。
子供にとってはこれは一生を左右することですよね。

自分の生きている世界が愛で満ちていると、こんなに素晴らしいことはありませんね。
物事はすべてシンプルになります。
見えるものはすべて愛の世界です。
愛を発したら愛が返ってくる。

逆に、不安や猜疑心に満ちた心で過ごしていると、物事はどんどん複雑になっていきますね。
どんなシンプルなことも、ひとつひとつ不安に思い、疑い、悩み、自分の色を塗り重ねていき
もとの色が何色だったのかさえもわからなくなっていって、気がつけば形までも大きく変形
してしまっている・・・
そして、そうなったことにも全く気づかず、元々何もないのに自分で作り上げたものに
ストレスを感じて・・・
不自由な心に縛られて・・・
心をネガティブでいっぱいにして・・・

なんて、えらそうに言っていますが、私も実はそういう自分でした。過去。
自分がそうだったから、わかります。
愛を知らないということが、どんなに自分を不自由な檻に閉じ込めることか。
そして毎日が重苦しく、日々どれだけの不満をかかえて生きることになるか・・・

そんな自分に嫌気がさして、自分なんか好きになれない と思っていた時期が長い間ありました。

でも、今は過去そんな自分がいたことも懐かしい思い出。
光の中で愛だけを感じて生きられるようになりました。
まだまだ昔のクセで過去の自分が重いドアをギー と開けてやってくることもありますが、
「こんにちは」 とご挨拶して、愛を「どうぞ」 と差し出してあげると、暗い顔をした自分がにこ っと
微笑んで、「ありがとう」と言って今度は光のドアを開けて光の中へ去っていきます。

何人もの過去の不自由な自分が、光のドアを開けて旅立って行くたびに、ひとつ ひとつ 
軽くなっていく私。
そして、ひとつ ひとつ 愛が大きくなっていく私。
おなもみがまだこの年齢のうちにそういう自分になれて良かった と思います。
欲を言えば、おなもみがおなかの中に入ってきてくれたときからそうだと良かったんだけど・・・
でも、過去を悔やむなんてナンセンスよね。

おなもみはおなかに入ってきてくれたときから 毎日私に愛をくれて癒してくれます。
今までどれだけの愛をおなもみからもらったことか・・・
ありがとう おなもみ。
母もおなもみに負けないくらい愛を返せるようになれそうだよ(^^)

そして、このような私になれたこと、kimikimiさんに心から感謝します。
愛の世界を教えてくださったこと、ありがとうございます。

今日はお墓参りに行って来ました。
私の妹と、妹の子供(三歳の京介くん)私とおなもみ。
車で40分ほど走って、少し山の中に入った所にお墓はあります。
私は父も母ももう亡くなっているので、おなもみにとってはご先祖様というより
おじいちゃん、おばあちゃんのお墓参り という感じでもあります。

いつもお彼岸の頃は雨が多いのですが、今日は素晴らしいお天気で、ゆったりと
お墓にお参りすることができました。

その辺りは、山の中ということもあって空気がとてもきれい。
それに加えて、田舎ののんびりした風景がとても和む。
お参りした後、四人でのどかな田舎道をぶらぶらと散歩しました。
昨日、今日とクリアーな空気の中で過ごすことができてとってもリフレッシュ!

帰りに、ちょうどお昼時だったので おうどん食べて帰ろう と、おうどんやさんに寄ったのは
いいのだけれど、おなもみが「気分が悪い」と とてもつらそう・・・
「車酔いしたの?」と聞いても そんな感じじゃない と言うし。
「お昼食べられない?」と聞くと、「うん」
え~ どうしたのかしら・・・?
も、もしかしてお墓にいた悪い霊がついて来たとか・・・( ▽|||)サササー

しばらくして気分がおさまったようなので(良かった・・・)お店に入って食事を。
なぜかおうどんやさんに来て サラダを注文して食べるおなもみ。
どんぶり鉢より大きな器にたっぷり入っているサラダ。
私と妹に少し分けてくれただけで あとはきれいに食べてしまいました。
最近のおなもみはベジタリアン。(我が家はこのためとっても食費が浮いています)

その帰りに「紙粘土買って帰る」と言い出し、またまた帰ってから紙粘土工作に取り組むおなもみ。
今日作ったのは 埴輪と大魔神。
おなもみは「大魔神」の映画が大好き。(みなさん、ご存知かなあ?)
最近埴輪の話ばかりするおなもみに 私が昨日ネットで埴輪を検索して いろんな埴輪を紹介
してあるページを見つけておなもみに見せたのです。
そうしたら、その中に『武人』という埴輪があって それが大魔神にそっくりだと言って喜ぶおなもみ。

今日作ったのは そのページに載っていた『踊る女』と『武人』
『武人』を作って、「これ、神様のところに置くの(神棚のこと)。神様にお祀りする。」と、おなもみ。
主人が帰って来て さっそく作った『武人』を、主人に神棚に置いてもらっていました。

私はよくわからないんだけど、埴輪 って何か霊的な意味があるのかしら・・・?
(そういうのこそネットで検索しろって?)
神棚に埴輪なんて祀っていいのかなあ・・・?(疑問なんだけど・・・)
どなたか詳しい方、いらっしゃいません?(いないよねえ・・・)

埴輪を作っている間も、「気分が悪い」と時々言っていたので 夜お風呂に一緒に入っているときに
「気分悪いの治った?」と聞くと、「うん」
「どうして気分悪くなったのかしらね」と言う私に、
「あのね、帰りに違う道を通ったから それで気分が悪くなったの」と、おなもみ。 
私「へ?なんで? ( ̄- ̄;)??」

おなもみ「だって行く時に見た灯籠、帰りも見たかったのに 違う道から帰ったから その道、
     灯籠が全然見えなかったから」

私・・・ (そ、それで気分悪くなるの・・・?) ((((;_△_)ゴロリン(謎)

おなもみ「あのね、チャールズの家(近所の家 チャールズとは犬の名)の灯籠 すごくエネルギー
     がきてるよ」

私、「へ~~ そんなのわかるの?」

おなもみ「うん、さ~~ ってね、緑とピンクのエネルギーが降りてきてるの」

私「そ~~・・・」 o( ̄  ̄*)。。oO(想像中)

おなもみ「それから、チャッピーちゃんとこにも(近所の家 チャッピーとは犬の名)エネルギー
      きてるよ」

私「そうなんだ~~ふ~ん それも緑とピンク?」

おなもみ「チャッピーちゃんちはピンク」

私「じゃあ じゃあ、おなもみの家の灯籠はどんな?(ワクワク♪)」

おなもみ「おなもみのおうちはね」

私「うん!…((((o゜▽゜)o))) ドキドキ♪ 」

おなもみ「見えないの」

私 ・・・(_△_;〃 ドテッ! 「来てないの?エネルギー(そんなあ・・・がっくり・・・)」

おなもみ「まだここに灯籠ある ってわかってもらってないのかなあ」

私・・・o(-_-;*) ウゥム… 

「おなもみの家はね、こ~~んなエネルギー来てるよ~~!」って言うのを期待してたのに・・・
o( _ _ )oショボーン

そして突然、「あ!そうだ!明日学校で工作がある♪」と うれしそうに目が輝くおなもみ。
工作が大好き(お勉強鳴かず飛ばず)のおなもみの頭の中は、その瞬間、もう明日の工作の時間
のことでいっぱいいっぱい夢が膨らむのでした。

一度、おなもみの心と頭の中をそのまま体験してみたい と思う母ですが・・・
一体どんなのだろう・・・( ̄- ̄;)??
とっても謎。

今日おなもみは、もうすぐお引越ししてしまう一番仲良しのお友達と一緒に 先日行った史跡公園
に行ってきました。
この前ここを訪れた時、そのお友達と一緒にここに来たい!と、突然思い、「日曜に行こうね」と
お約束して、この日を心待ちにしていました。
そのお友達は、たろうくんちの三姉妹の中姫ちゃん、下姫ちゃんです。
中姫ちゃんとは、おなもみが幼稚園入園してすぐ一番のお友達になりました。
4年間、大親友でした。

お互いを見ていて、魂レベルで触れ合っている ということが本当にわかりました。
二人を見ていると 小さな子供も、魂の触れ合える友どうし というのは、こんなにクリアーな
波動をストレートに発しているのだ ということを感じました。
おなもみにとって、こんな小さなうちから魂レベルで触れ合える友がいた というのは、とても貴重な
4年間であったと思います。
私が思い返すだけでも 二人の心温まるエピソードはたくさんあります。
それを考えると 本人達には、親が知らないどれだけたくさんの思い出があることでしょうか・・・

昨日おなもみが灯籠作りをしていたのは その中姫ちゃんにプレゼントするためでした。
「☆☆ちゃんち、灯籠がないから」と、天からの使命に燃える(?)という感じのおなもみでした。
灯籠をつくった後、使用説明書まで書いていました。

下に写真をアップしましたが、だてに毎日灯籠を分解していたのではない と感心しするほど
灯籠を作る時間の早かったこと!
私なんか、「灯籠を作る」とおなもみが言ったとき、灯籠全体を粘土で作り上げるような感覚でいた
のだけれど、おなもみは 灯籠のパーツ、ひとつひとつの大きさ、バランスをきっちりと把握していて、「足の部分は三本足ね。おなもみのうちと違うのにするの」などと言いながら、胴体の部分、
それから足と胴体の間にはさむパーツ(そんなのあるんだ)屋根の上にまた小さな屋根、と合計
五つのパーツを あ っという間に次々と考え込むこともなく作り上げていき、最後に組み立てて
「できた!」 横で見ていた私は、「は~・・・」と感心を・・・
「あとは色をぬるの」と言って 足の部分に「苔」だ と言って絵の具で色をぬっていました。

なにしろ8歳の子供があっという間に作り上げてしまった紙粘土の灯籠。
できばえはお世辞にもすばらしい!といえるようなものではありませんが、中姫ちゃんを想いながら
作った おなもみの気持が込められた 母としてもとても暖かいエネルギーを感じる灯籠でした。

「プレゼントだから箱に入れてリボンかけなきゃ」と、主人と夕方 箱とリボンを買いに行きました。
「明日、史跡公園に行くときに渡すの」と、それこそおなもみにとって公園に行くこととプレゼントを
渡すことは一大イベントの様子でした。

史跡公園に行く車の中でプレゼントを渡すおなもみ。
たろうくんちの中姫ちゃんと下姫ちゃん、それはそれは喜んでくれて、‘こんなにまで喜んでくれて・・・’と、私は感動!
そして、子供たちの会話を聞いていて、これが8歳、7歳の子供たちの会話か と思うほどのやりとりを耳にして心から感動しました。
お互いを思いやる気持に溢れた会話を聞いていて、この子たちはいつもこんなふうに会話しながら
遊んでいたのだ と思うと、私の目には涙が浮かんできました。
それはそれは、暖かい、愛の波動でいっぱいの、そばにいるこちらまで浄化されてしまうような
三人のやりとりでした。

この子たちの世界は、いつもこのような澄んだエネルギーで包まれていたのだ ということを知ること
ができたこと、そのことが私にはとてもうれしかった。本当に、心から。

この子たちの関係はきっとこの4年間だけじゃない。
そのことも確信できた今日の一日でした。

朝、史跡公園でたっぷり遊んだ後、午後からも夕方遅くまで遊びました。
お引越しまであと10日。
もうきっと今日のように遊べる日はないでしょうけど、魂の触れ合える友は離れ離れになっても
きっと寂しくはないことでしょう。
深い深い意識の部分でお互いが繋がっているから。

 
…………………………………………………………



おなもみがプレゼントした灯籠&史跡公園にて


史跡2  直樹灯篭  史跡1

史跡4  しせき5


ひろ~い原っぱでおもわず寝転んでしまう三人。
気持わかるなあ・・・
この上におなもみお薦めの埴輪があり、子供たち大喜び。

史跡3



二年生二人、一年生の下姫ちゃんのマイペースな足を待てず先先と・・・

しせき6

おなもみが今朝積み木で遊んでいました。
部屋にはチャイコの5番が流れていました。
遊びながら無意識にチャイコの5番をハミングしているおなもみ。
おー!聴いていないようでちゃんとインプットされているではないの とうれしくなる私でした。

私はパソコンに向かいながらチャイコに合わせて体が無意識に動いていました。
当日これを大好きな西本さんの指揮する姿を見ながらライブで聴ける!うう~~素敵☆☆☆
きっと私の体は演奏中ずっと揺れ揺れに決まりだ。止められないだろうな。
そしてきっときっと泣いてしまうのだ・・・(私はライブを聴くと必ず泣いてしまうのです)

私が初めて生のオーケストラの音を聴いたのは中学生の時でした。
その時の感動といったら!!
レコードで聴く音とは全く違う弦楽器の響き、管の温かみのある音が体中にまとわりついてきて
感動なんていう言葉を全く通り越して 異次元へ旅立った そんな感覚でした。
その場にいる自分をすっかり忘れてしまって、ただ音の響きに包まれる自分は 「は~」 と
放心状態で流れてくる音に身を任せて 音楽に酔いしれていました。
あの大感動した時の感情、感覚は今でも忘れられない。

おなもみも今回初めて生のオーケストラの音を聴くことになります。
8歳のおなもみにはこの体験がどのようなものになるのか、今から楽しみです。
本人も「早く6月が来ないかな~」 と毎日のように言っています。

ところで・・・一度曲が終わってまたリピートさせた私に おなもみは「え~また聴くの?」と言って
不満そう。。。BGM程度にしか聴いていないのかと思ったら・・・
「いやなの?」と聞くと、「この曲重い~~~」
確かに・・・重い・・・(ーー;)
「ショスタコーヴィチみたいにすっきりしてるのがいいの」と、おなもみ。
ふ~ん、ショスタコーヴィチはすっきりしているのか・・・(?)
あの曲は(ショスタコの5番)「もう一回かけて」とよくリピートせがまれるもんね。
やっぱり親子、私と趣味が似ているのかしら。(チャイコ5番苦手 ショスタコーヴィチ大好き)

今おなもみは、今朝自分のお小遣いで買ってきた紙粘土で「灯籠をつくる」と作成中。
お友達にあげるんだって。
「☆☆ちゃんち(お友達の名前)灯籠ないから 灯籠のエネルギーがくるように作ってあげるの」
らしい。
へ~~ どんなのができるかしら・・・楽しみo(≧∇≦)o
そしてこの工作に熱中しているのをチャンス!と またチャイコの5番をかける私。
そうしたら・・・歌ってる~~おなもみ!\(≧∇≦)/
それも、やっぱり旋律じゃない!いいぞ~おなもみ☆ 母は応援する!(何を?)

最近おなもみが欲しがっているおもちゃは『お茶犬の学校』(?)
この前まではお茶犬のポットが欲しい欲しい と言っていました。
この間、テレビでお茶犬の学校のCMが流れていました。
おなもみが「あ~~!」と叫ぶので ふとおなもみが凝視しているテレビに目をやると・・・
なるほど~~ かわいい♪
おなもみが好きそうな感じ~~~o(≧∇≦)o (私も好きかも)
おなもみは、座っていたひざを中腰にして テレビの方に身を乗り出して手をテレビの方に
差し向けて拍手喝采 ^(*ノ^ー^)ノ☆パチパチ 「ほしい~~!」と叫んでいる。(ーー;)

おなもみの持っているおもちゃは、ほとんど女の子が遊ぶ と思われるようなものばかり。
おなもみのことを知らずに家を訪れた人がいたら きっと女の子がいる家だと思うに
違いありません。
シルバニアやままごと道具、箱庭セット(これは男女共通?)最近ではお茶犬シリーズ。

幼児の頃はなぜか「くるくる回るもの」それに加えて「水」に加えて「洗う」ものが大好きでした。
一歳前ごろから一歳代のころには換気扇に魅了されていたおなもみ。
よく「抱っこ」 とせがまれたかと思ったら 換気扇の下に行け と命令されて、連れて行ってやると
換気扇が回るところを延々見ていました。
換気扇のことを「くるくる」と言っていたおなもみ、寝ているときにも寝言で「くるくる・・・」と
言いながら寝ていたり・・・(かわいかった~)

一歳の頃 換気扇の次に虜になったものは「洗濯機」
洗濯が始まると何をしていても 途中で放り出し、また 抱っこ で洗濯が終わるまで洗濯機を
のぞきこんでいたのです。その間中おなもみの両手はキラキラ星を踊っていました。
(洗濯機が回っているのを手で表している<キラキラ星)
こちらもとってもかわいいのだけど、洗濯が終わるまでずっと抱いていなければならない親は大変。
おもちゃの洗濯機まで買って、毎日小さな布切れを洗って満足するきれい好き(?)なおなもみ。

そして二歳の頃にハマったのがガソリンスタンドのカーウォッシャー。
あの大きな機械がダイナミックに車を洗車するところは洗濯機の比ではなかったようで
これはつい最近までハマっていました。
あまりに洗車をせがまれるので 洗車するのはお約束がきちんと守れたとき などの
ご褒美にするように・・・
それでも頭の中が洗車機で占められているおなもみに ついに!ガソリンスタンドで洗車している
ところをビデオに撮らせてもらい、やっとおなもみの「洗車に行きたい!」熱は そのビデオを
毎日見ることで静まったのです。
ビデオを見ている間中、おなもみの手は洗車機のブラシになってず~~っと忙しく動いている。

その洗車機にハマりだした二歳の頃にはトイレにもハマっていました。
あのトイレの水がゴーっと渦を巻いて流れていくのがおなもみ的にはとってもいい みたいで・・・
でも、トイレの水にハマったのは洗車機ほどではありませんでした。
が!洗車機をしのぐロングランでハマっているのが トイレの芳香剤。
おなもみはなぜかトイレの芳香剤が大好き。(ーー;)
スーパーに連れて行って行方不明になったと思っても、トイレの芳香剤コーナーに行けば必ずいる。
スーパーに行っても お菓子コーナーなどには全く興味がなく、とにかく芳香剤コーナーでず~っと
芳香剤を眺めています。
この芳香剤熱、いつまで続くのだろう・・・?
テレビで芳香剤のCMが流れると はっ と画面に釘付けに・・・
そしてCMが終わった瞬間、「ほしい~~!」と雄たけびを・・・

おなもみの中でお茶犬の学校とトイレの芳香剤は同レベル らしいのです。o(-_-;*) ウゥム…

今日も庭に出て せっせと灯籠を分解して遊んでいたおなもみ。(ぎっくり腰にならないでよね~)
しばらくして 家の中にパタパタと上がりこんできました。
「おかあさん、庭に穴掘ってるのどうして?」
飼っていた十姉妹が一羽死んでしまって、庭に埋めてやるので 主人が穴を掘ってくれて
あったのです。
「ぴーちゃんがね、死んでしまったのよ。お墓作ってあげようね」と言うと、おなもみはつらそうな
顔になって 私の背中に回りこんできて泣いていました。

今まで何羽の十姉妹を飼ってきたかも もう定かではなく、うちの庭は小鳥のお墓だらけ。
小さな命でも死んでしまうと本当につらい。
毎回お墓に埋めてやりながら涙涙でお別れをするのです・・・
今回死んでしまったぴーちゃんは、病気にかかって羽がほとんど抜け落ちて もうずっと前から
因幡の白兎みたいな姿になっていました。
この寒かった冬をよく越してくれたなあ と思います。
でも、日に日に弱っていくぴーちゃんは目に見えていました。
毎朝、起きたら鳥かごをのぞき、ぴーちゃんを一番に確認して、他の兄弟鳥達に
「ぴーちゃんをあっためてあげてね」と声をかけるのが日課でした。

おなもみと、ぴーちゃんにお別れをしながら「今度はきれいな羽がたくさんはえて生まれておいで」
と、少ししか体に残っていないぴーちゃんの羽をそっとそっとなでてやりました。
おなもみは おもちゃの灯籠と自分で作った石の埴輪をぴーちゃんのお墓に供えてやっていました。
お線香を供えて いつまでも手を合わせていたおなもみ。ぴーちゃんに何を言っていたのだろう・・・

    ----*----*----*----

今日は おなもみの通う小学校が卒業式のため、おなもみは学校をお休みしていました。
朝、おなもみが「史跡公園に行きたい」と言い出しました。
史跡公園とは家から車で10分くらいのところにある、山を切り開いて整備された
とても美しい公園です。こちらです

雨の降りそうな空模様だけど、「そうね、行こうか」と言うと とっても満足したおなもみ、
「やったあ!埴輪ちゃんに会える!」
はにわ・・・?ああ、そういえばその公園の丘の上に埴輪が何体か復元されていたなあ・・・
まさか今度は埴輪が欲しい なんて言いださないでしょうね(ーー;)
なぜか埴輪にも興味のあるおなもみ。
さきほどぴーちゃんのお墓に供えてあげた石の埴輪もおなもみの手作り。
石に顔を描いて セロハンテープで頑丈に石と石をつなぎ合わせたものを お守りみたいにして
持っています。
灯籠といい、埴輪といい、おなもみの趣味はよくわからない・・・o(-_-;*) ウゥム…

ちょうどお昼ごろだったので おにぎりをたくさん作って公園に行きました。
ここの公園、とてもエネルギーがいいのです。
公園の上に”やぐらひめ”(八倉比売)という神社があって、たぶんその神社のエネルギーで守られているのでしょう。
おなもみも私も この公園に行くと とてもクリアーなものを感じています。
何度行っても 公園が目の前に開ける瞬間に「わ~~」と声が出てしまいます。
目の前の公園の空気は そこだけ何か違うのです。それが目で確認できるのです。
おなもみも大喜び。
車から降りて公園を歩いていると、エネルギーが体中に回ってくるのを感じます。
ふ~~ っと何度も何度も無意識のうちに深呼吸しています。
そして体中の力がゆるんでなぜか笑顔になる 不思議な公園なのです。(お薦めですよ 皆様)

一通り、公園を散歩して埴輪にも会って「おにぎり食べよう」と車に乗ったところで雨がたくさん
降りだしてきました。
まだお散歩したくて不満そうなおなもみに「今度はもっとお天気のいいときに来ようね」と約束をして
公園を後にしました。
私も、もう少しいたかったのに残念。
それに今日は平日の上にお天気が悪いこともあって 誰も人がいなかったので
ほんと、良かったんだけど・・・

また近いうちに連れて行ってやろう。
私も丘の上の埴輪まで歩いていて息切れしてたし~~~(爆)
体力つけるにはちょうどいい公園かも・・・(。・・。)(。. .。)ウン

今日おなもみが学校から帰って来るなり「おかあさん、これ見て!」と緑色のノートを
私に差し出しました。
『ぼくのアルバム』と書かれたその手作りノート、おなもみが生まれてから今までの思い出が
綴られてありました。
ああ、そういえばアルバムを作るんだ とか 私もおなもみが生まれてからのことをずっとコメント
書かされたなあ・・・写真も貼るんだ とかって何枚か学校に持っていったっけ。
すっかり忘れていたれけど、このアルバムに使うのだったのね と その手作りノートを一ページ
一ページ見ていきました。

思い出すなあ おなもみが小さかった頃。(今も十分小さいけど・・・)
ページの最後の方に「ぼくのゆめはしきしゃです」とあって、指揮台に燕尾服を着て
指揮棒を持って立っているおなもみの絵が描かれてありました。
あれ?最近では仏様を彫る人になる って言っているのに これはいつ書いたのだろう?
私が怪訝そうに見ていると、おなもみがそれを見て、「今はおなもみね、指揮者じゃないよ」
と言いました。
「そう、このころはまだ指揮者になりたかったのね?」と言うと
「うん、でも今は 仏様や神様を彫る人になりたい。おかあさんも彫ってあげるね」とおなもみ。

本当にそうなったらどんなに素敵かしら・・・
おなもみが一歳の頃に入会した幼児教室で 将来どんな方向に進んでもらいたいですか?と
教室の先生に聞かれました。
その時は正直、「え~?こんな小さいうちからそんなこと聞くの?わかるわけないじゃん。
でもここに来る子は将来医者だとか弁護士だとか言うのかしらね・・・」
と、すごく聞かれたことに対して変な違和感を感たものだけれど、とにかくおなもみがしたいことが
できる そんな職業についてくれることが心からの望み でした。

私は幸い、自分を最大限に生かせる職業につくことができました。
仕事をするということは社会の役に立つ ということ。
自分が好きなことで社会の役に立つことができたら これほどの幸福はないと思います。
そして、自分がそのことを正に実感しているから おなもみにもどんな職業でもいいから
自分自身がわくわくすることを職業にしてもらえたら と 望んでいます。

まだまだ8歳。
どうなるかわからないけれど、なんとなく青写真ができてきたような、そんな気もしています。
皆様、10年後のおなもみをお楽しみに(^^)v

おなもみが生まれたのは私が結婚して8年目。
別に子供ができなかったのではなく、「ほしくない」ので作らなかった というだけ。
なんだけれど、私は、子供は親を選び、生まれてくる時を選び 準備万端整えて生まれてくる
と信じているので、作らなかった というのは適当な言葉ではないのですが・・・

本当に8年間 全く、子供なんかいらない と思い続けていました。
でも、不思議と 一生子供のいない生活ではない ということも心の片隅でちゃんとわかって
いました。
言葉では説明できない確信 なのですね、これが・・・

私の周りでは幸いなことに「子供はまだ?」とか「早く作らなきゃ」とおせっかいを言う人がいなく、
主人の両親からもそういう言葉もなく 自然に作らないのがあたりまえの生活をすごしていました。

おなもみがお腹に入ってくる三ヶ月くらい前から 不思議な夢をたくさん見るようになり、
おなもみがお腹の中に入ってくる少し前に インドの神様が夢の中に現れて、私にガネーシャ神が彫られた銀板を手渡してくださり、「この銀板を夫婦二人で指輪に作り上げ、大切に慈しんでいくように」とおっしゃられたのです!Σ( ̄▽ ̄;|||<なんとっ!
指輪に作り上げる とはおなもみのこと?
大切に慈しんでいくように というのは大切に育てていくように ということ・・・?
あれは偶然たまたま見た夢だったのか、それともちゃんとした意味があったのか・・・
(私はこの際 ありがた~く後の方だと思わせていただいています ( ̄∇ ̄*)>エヘヘ♪)

でも、なぜガネーシャ神?(ここがよくわからない・・・)
ちょっと話は飛びますが 私はおなもみが生まれるまでは日課のように瞑想をしていました。
おなもみが生まれてからは、子育てする母ならわかると思いますが、瞑想なんて悠長なことを
している時間は全くなく 瞑想以上に大切な『子育て』に日々精進する毎日 となりましたが・・・

瞑想する時に気に入った瞑想音楽がいくつかあって、必ずその日の気分に合わせて音楽を選び
瞑想するのですが、おなもみが宿ってからは聞きたい音楽が『お経瞑想音楽 阿弥陀経』・・・
なぜかこれしか聴きたくないのですね・・・(ーー;)
おなもみが生まれるまで毎日のように瞑想していましたが このCD以外を選んだという
記憶がありません。

仏様大好きなおなもみ。
おなもみが図らずもこのCDを私に選ばせていたのか・・・それとも、私がこのCDを毎日聴くことに
よって胎児のおなもみにお経がインプットされ、仏様好きになったのか・・・謎。

で、もっと謎なのは・・・では一体あのガネーシャ神は・・・?
仏様好きなおなもみとどういう接点が???
ただの夢だったというには あまりにも強烈に印象に残りすぎた夢だから、時々考えるのですが・・・
( ̄~ ̄;) う~ん わからない。。。

妊娠するって 子供が生まれるって、それだけで不思議なことですよね。宇宙の神秘です。
何か妊娠にまつわる不思議~~な話、皆さんはありますか?

西本智実さんがこんな田舎の寂びれた文化センターなる会場にいらしてくださる!

あ、西本さんとは私が尊敬して崇拝して憧れて恋は盲目のごとく入れ込んでいる指揮者さんです。
西本さんのことは過去の日記で結構熱く語っているので 今日は語るのはやめにしておこう っと。
でも公式サイトはちゃ~んと張っておこう。懲りずに こちらです

今日からこちらでのチケットが発売開始となりました。
でも、すでに私はチケット予約済みだったのでのんびりこの発売の日を迎えることが
できているのですが・・・
予約システムなんて知らなかったら今日はたぶん チケット取りに奔走しているところだったでしょう。東京や大阪でのコンサートなら自分の座りたい席を取るなんて とてもじゃなく無理でしょうけど、こんな田舎でならそれはかなり可能!やれば取れる!(そして取れた!)

昨日新聞で発表されたプログラムはオールチャイコフスキー。
メインは交響曲第五番。
おなもみもコンサートに連れて行くので この曲を聴かせておかなければ とCDを探せど探せど 
ない・・・ ん?確か持っているはず!
なぜないの!?

自慢じゃないけど(自慢にもできない)私はチャイコの第五番があまり好きではないのです。(爆)
第六番『悲愴』も実はあまり好きではない・・・
でも、そのかわりに といってはなんだけど(?)四番が好きで好きで好きでたまらないのですね!
もう、四番は出だしから背中がぞくぞくして、始めから終わりまで身動きとれないくらい とりたくない
くらい、固まってしまって動けないくらい 動きたくないくらい とにかく好き!なのです。
あまりに第四番が好きで チャイコフスキーの交響曲に対する愛情がそこに集約しすぎちゃって
他の曲はど~でもいい というか・・・ まるでそういう感じなのですね・・・

でも!今回のプログラムは第五番 となると聴いておかなければ。嫌いだなんて言ってられない。
おなもみにも聴かせておかなければ 知っている曲と知らない曲では聴き方も全然違ってくるし。
(その他のプログラム曲は幸いおなもみも知っている曲だった)
で、話は元にもどるけど・・・CD、ない。。。
おっかしいなあ あるはずなのにい~ と、これでもか というほど一枚一枚CDを丁寧に見ていく
うちに、ああ!もしかして MDで持っていたのかも!!とターゲットをMDに。

あった!あった!それも、すごいのが。ゲルギエフ指揮のウィーンフィルの演奏!?だって・・・
そんなの持ってたんだ~~(いかに聴いていなかったかがよくわかる)
さっそくかけてみるけれど・・・やっぱりイマイチ、好きになれない。
好きになれないけど、演奏はすごい!すごすぎて鳥肌がたつ!
これはライブ盤なんだけれど、これをライブで聴いた人達はさぞかし感動だっただろうなあ・・・
オーディオで聴いてこれだけすごさが伝わってくるのだから!
ゲルギエフが髪を振り乱して振っている姿がまぶたに浮かぶ。
なおかつ、ウィーンフィル。一糸乱れぬ正確な計算されぬかれた演奏・・・ハー・・・ボーゼン。

曲は好きじゃないのに、ハマってしまった・・・このすごい演奏に。
はたしてこれを西本さんがどのような演奏で聴かせてくださるのかしら・・・
というか、これはヘタなオーケストラだと とってもコケてしまいそうな気がしてちょっと不安に
なってきました。(でも、西本さんもこの曲、何度か振っていらっしゃるから 大丈夫よね・・・と自分に言い聞かせる)

おなもみに聴かせようとしたら早々と寝られてしまった。
まあ、いいわ。これから毎日これを聴いてもらおう。

おなもみの交響曲の聴き方はおもしろくて 主旋律を聴かない(聴いているのだろうけど)のですね。
いつも旋律じゃないパートをどこか歌ってるのです。
そして おなもみが歌うから私にも 「ああ そういうメロディーも鳴っているのね」とわかるのです。
この第五番でも どこのパートをどう歌ってくれるのか ちょっと楽しみ♪

おなもみはショスタコーヴィチの第五番が好きで この交響曲を1楽章から4楽章まで空で歌うことができます。(これってすごいと思うのだけど・・・ 私がおなもみくらいのころは名曲シリーズ止まりだったけどなあ)
このチャイコの五番も好きになってくれるかな?
おなもみがこのチャイコ五番をどれだけ歌えるようになるか またこの日記で報告していこうかな。
こうご期待☆ 
え?してない?おもしろいからしててよ。ね♪

ここのところずっとおなもみは灯籠探検の散歩(?)を欠かしませんが
最近では灯籠を見つけに行くだけでは飽き足らず 紙と鉛筆を持って
よそのお宅の灯籠をスケッチしてきています。
帰ってきて描いたひとつひとつの灯籠を説明つきで私に見せてくれます。
いろんな灯籠があって 私も「へ~~」と感心しています。
これが夏休みなら自由研究にできるのになあ・・・
でも、よそのお宅の前で紙と鉛筆持って灯籠スケッチしている小学生・・・
端から見たらヘンかしら・・・o(-_-;*) ウゥム…

最近のおなもみの灯籠の関心ごとは おなもみの家の灯籠は足が4本(っていうのかな?)
なのによその家の灯籠は3本のところが多い ということ。
私にしてみれば「だから?」という感じなのですが おなもみには最大の関心ごとです。(なぜ?)

朝起きたら灯籠を見て 学校から帰って来たら「灯籠ちゃんと遊んでこよう」と言って
庭に行って灯籠と遊んでいます。(ーー;)
いったいどうやって灯籠と遊ぶのかというと 灯籠を分解して遊ぶのです。(結構重いのに!)
見ている方は「そんなことしていいの~?」と思うのですが・・・(いいのかな・・・?)
一体 灯籠分解して また戻して また分解して 何がおもしろいのだろう・・・( ̄- ̄;)??
私にはわからないおなもみの世界です。(おなもみはとっても楽しそうです!)

そのおなもみ、私が寝込んでいた日々、顔を上げることもできずにぐったり横になっている
私の枕元に 自分のお地蔵様を置いてくれたり 背中をさすってくれたり 
ヒーリングしてくれたり と、いたれりつくせり してくれていました。
そして、「灯籠のエネルギーをおかあさんに入れてあげるね」と なにやらうずくまって
瞑想の世界に・・・
なんだかよくわからないけど、ありがとう!おなもみ。灯籠のエネルギーね、入ったよ(^_^)

かなりひどかったこの一週間の体調・・・
今振り返ってみれば おなもみは私のために、いろいろ いろいろと気遣ってくれていました。
あまりにしんどくてその時には そのことに気づきもせず 気づいていたことにも「ありがとう」 
と言う気力さえありませんでした・・・
ごめんね、それと ありがとう、おなもみ。

親は子供のために元気でいなくっちゃね。

先日の日記に皆様からいろいろとコメントいただきありがとうございました。
同じ年齢の子を持つ母どうし、気持の通い合うことが多く、手探りで子育てをしている私には
いろいろと話し合いのできる友がたくさん身近にいるということは、それだけでとても
心強いことです。

それとはまた別に kimikimiさんのコメントには深く深く感じ入りました。
起きたことに対し この世的な視点から見て その現象だけを捉えて対処する というレベルを
全く越えた、エネルギー的な部分 波動の部分 深い意識レベルでのアドバイス。
まだまだ そういったところはこうして教えていただかないとわからない私です。
でも、そういうところを知ると知らないとでは深いところでの対処が全く違ってきますね。

昨夜から今朝にかけて 何度も細かいアドバイスをいただいたこと、一つ一つ、なるほど と
納得し、いかに親の波動が子供に影響するか、親のエネルギーが子供を守っているのか
ということがよーくわかりました。
目から鱗でした。

自他を日頃から大切にケアーするということ。
波動が乱れるようなことがないように、心がける必要があるということ。
自分の周りで起きることは、自分の波動の反映なんだということ。
おなもみは私のきわめて正確なバロメーターだということ。
出てきたものを悔いても仕方がない、それはそれで機会として生かすんだということ。
何でも捉え方であり、対応の仕方なんだということ。

そして 『静かに、静かに、気持ちを込めて』頑張る。

それから、一番大切なこと。
『どれだけ人の気持をわかることができるか』 ということ。

そうですよね。人の気持がわかれば 人のものをとったりすることはないのですものね。 
すべてはここに繋がりますね。『人の気持がわかる』
そういう子供に育っていくよう、まずは親の私から精進です。
そうして親の私の波動が乱れていなければ おなもみも大丈夫ですね。

昨夜から今朝のkimikimiさんが教えてくださったこの気づき。
まるで、宝石箱を開いたら光り輝く言葉がいっぱいあふれ出してきて「おー!!」 と感動☆
そういう感じでした!
今回のおなもみのことでこんな重要なことまでわかり 日記に書いて良かった・・・
書こうかどうしようか 少し迷ったりしていたから。

kimikimiさん、ここを読んでくださったらお願いがあるのですが・・・質問です。
父親の波動はこの場合、どれだけの影響がありますか?
それと、ここ・・・
>おなもみ君は、いろいろぴあのさんに気づかせてくれているだけだ。
>ぴあのさんのバロメーターみたいなものだね。
>これからは、おなもみ君の状態を見て、自分の状態に気づくといいよ。
>きわめて正確なバロメーターでしょう。
  ↑
私の状態、、、これは今回の体調のこと(こんなひどい体調になったのは何年ぶりだった)
それとも、他の精神的な波動のことも入るのでしょうか・・・(かなり波動が下がっていたのだろうか)

よろしくお願い致します。(伏)

今日もまだ体調が思わしくなく日記を休むつもりだったのですが とても貴重な体験をしたので
そのことを書こうと思います。

おなもみがお友達のたまごっちを自分のポケットに入れていたということがわかりました。
月曜日に私が寝込んでいたので お友達の家に学校から帰ってから遊びに行かせてもらって 
その後晩御飯までいただいて帰って来た その日のお友達の家でのことです。

今日、お世話になったお友達のおかあさんから「知らせておいた方がいいと思って」
と、電話をもらいました。
(私の回復を待ってくれていたそうです。ありがとう!)

なんとなくその行動に及んだ時のおなもみの気持の想像はつきましたが、まさかお友達の物を
とるなんて と、私の頭はかなりなパニック。

最近のたまごっちブームはすごいものがあって、おなもみはたまごっちを持っていないので
この頃ではお友達の輪に入れないことが多いらしく、お友達と遊んだ後よくつらそうにしていました。
一対一で遊んでいるのにはいいのですが、いざお友達が二人、三人 となってくると
みんな たまごっちを持っているので 自分だけ村八分状態になるのですね・・・
それで遊んだ後によく 「みんなたまごっちで遊んでつまらない」と いつも それはつらそうに
私に話しをする そういう状態がここのところずっと続いていました。

話は戻りますが お友達の家で 一人のお友達のたまごっちがない と探していたらしいのです。
結局そのたまごっちはおなもみが自分のポケットに入れていて、お友達のお母さんにわかり
「ごめんなさい 机の下に落ちていました」と出したらしいのですが・・・

まず、やったことに対してはとても悪いこと。
おなもみの言い分も聞くには聞きましたが 私のお説教を受けておなもみは数時間私のそばに
寄らせてもらえませんでした。
(それがおなもみにとっては一番キツイことだから)

私もヒートが納まってきたところで、おなもみもさっきは十分気持の説明ができなかっただろう と、
もう一度「ここにおいで」と、私の前に座らせおなもみの気持を説明させました。

お友達がたまごっちで遊ぶのでつまらなかったこと。
自分もたまごっちを持っているふりをしてみたかったこと。
お友達と同じ気持を味わってみたかったこと。 等など・・・

始めに聞いたときより落ち着いて話をするおなもみに 私も相槌を打ってやって
それからひとつ ひとつ、おなもみに言って聞かせました。

いくら持っている気持を味わいたかったからといって 黙ってポケットに入れるなんて言語道断。
まずお友達にちゃんと「貸して」と言ってお友達の了解を得なかったのはいけないこと。

お友達が探している時にポケットから出せなかったのは「おなもみ君がとった」と言われるのが
いやだったから ということでした。
でも、その時に正直に「ごめん、ちょっと持っててみたかった」と言って返せば 後々まで
こうしておなもみもつらい思いをしなくてすんだ ということ。

また、その後 まだお友達のおかあさんに「机の下に落ちていた」とウソを言ったこと。
このときにも、正直になれるチャンスがあったのに ここでもウソをついてしまったこと。
一つウソをつくと また一つウソを というふうにウソを積み重ねていかなければならないこと。

その時その時正直にしていれば 問題はその時に済むのに ウソをつく ということによって
こんなにまで後々自分も回りにも大変な後味の悪いをする させる ということを懇々と言って
聞かせる私に、おなもみは涙を溜めて こくん こくん と頷きながら聞いていました。
過ちは悪いこと。でも、ウソはもっと悪いこと。
過ちは悔い改めてもう二度としなければいい。でも、ついたウソは取り戻せない。
正直がどんなに大切なことか ということが見に染みてわかったようです。

私が言い終わるとおなもみは私の目をしっかり見て「もうしません」ときっぱりと言いました。

今回のことで お友達、そしてお世話になったおかあさんには大変申し訳ないことと
お気遣いをさせてしまい 心からお詫びします。(伏)
また、このことを親友としてきちんと私に伝えてくれたきてぃちゃんには心から感謝します。
本当にありがとう!

それと、このこと、日頃から人のものをとるなど決してしてはいけないこと と教えていたにも
かかわらずやってしまったおなもみ。
おなもみにとって 自分だけ仲間に入れない というのがそんな私の日頃の教えなどどこかに
飛んでいってしまうくらいもろいものだったのだな と 改めて子供の気持とはなんと不安定で
あることか と思いました。
親は子供の気持をよくよく見つめていてやらなければいけない ということを認識すると共に
人としていけないことをやってはしまいましたが 今回のことでおなもみは うそをつかない 
ということ、『正直である』ことがどれほど大切なことか ということが身に染みてわかったようです。

「もうしません」と言ったときのあのおなもみの真っ直ぐな真剣な目を信じてやります。
おなもみには忘れられない体験だと思います。
私にとっても大変貴重な体験になりました。

今、すこ~し気分がマシです。
といってもまだまだ体調は思わしくなく いつでも倒れますよオッケーという感じなのですが・・・
一昨日から、「一体どうなっているの 私のこの身体は」状態に、とにかくつらくて
「少しでいい マシになってくれたら・・・」と そればかりずっと思っていたので 
この‘少しマシ’な状態がとてもうれしい(涙)
(それでいそいそと日記を・・・性(さが)かしら・・・o(-_-;*) ウゥム…)

先日の日記の皆様の暖かいコメント、すごくうれしかったです。
ありがとう!
レス返せなくてごめんなさい。
気になりながら・・・
ここでお礼を。
皆様のいたわりの言葉が魔法のように私を暖かく包んでくれました。
本当にすごくうれしかった。

kimikimiさんもありがとうございました。
kimikimiさんが書いてくださるまで私、日記のことばかり考えていました。(>_<)
あのコメントを読んだ瞬間、「そうだ!何もかも忘れて休もう」と、私の頭から 日記のことも
何もかもを消し去りました。
ただ、今のこの自分と一緒にいよう と。
せっかくの浄化なのに。
まだまだ台風一過とはなりませんが 通り過ぎた時にはきっとマイナスイオンが
いっぱいのクリアーな私になれそう!

また明日、日記書けるかどうかわからないけれど、これからはゆっくりマイペースで
書いていきますね。(^_^)

昨日の夜から体調が思わしくなく、今日は一日寝ています。
(主人の風邪が移ったようです)
別に熱がでているわけでもないので軽く考えていたのだけれど 軽くなかった・・・
だんだん頭痛がひどくなってきて 体に全く力が入らなくなってきた!
キーボード打っているこの手もかなりふにゃふにゃ・・・(涙)

今日は日記も あのこと書こう と思っていたのに、考える力も全くなく 無理なよう。
それに加えてさらに、だんだん動かなくなってくる体に これは日記すら書けなくなるかも!
と、まだ動くうちに書いておこう とよっこらしょ と起きて書いています。

え?そんなにまでして書かなくても 寝ておけば って?
そうですよね~~・・・
でも、ここの楽天の管理画面に 日記記入日率という円グラフがあって 今のところ
記入率100%の私は その円グラフが真っ赤な日の丸なのです!
あの日の丸欠けちゃうのいやだな~~ なんて・・・(どうでもよさそうなものですが・・・)
ただそれだけなんですが・・・ヾ(--;)ぉぃぉぃ

今日はおなもみが 動く気力の全くない 何をするのもおっくうな私の手になり足になり、
ちょこまかと用事をしてくれ本当に助かりました。
何を頼んでも一つ返事で「はい」とやってくれるので助かります。
その上いろいろと優しく気遣ってくれるのでとてもうれしい。
昨夜は主人が「甘酒飲みたい」と一言つぶやいた私のために、夜 わざわざ甘酒を買いに
走ってくれました。

こんな優しい家族といられて幸せです。
主人とおなもみに感謝です。

では、また寝ます。。。。。☆ヽ(o_ _)oバタ

先日父のことを血も涙もない人間のように書きましたが・・・
(先日の日記を読んだある友人にはメールで ご尊父様 と言われてしまいました。爆)
私は父のことが大好きで、あの頑固者の父をとても尊敬していました。
融通の全くきかない 厳しい父ではあったけれど、父の愛は子供心に染み込んで
感じていたからです。
大人になったら父のような人でないと結婚したくない とまで思っていました。
(それで どうやってなおちゃん一家のような家庭を作るのだ と思いますが・・・再度爆)

私の育った家庭は 振り返ってみるとこれは嫌だった あれは嫌だった ということばかり
思い出されますが、いろんなことを思い出す中でひとつ あのような緊張の連続で過ごさなければ
ならなかった私の家庭でも、これは自慢できる! と自信を持って言えることがあります。

それは、母が父を尊敬していた ということです。
母の父自慢にはすごいものがありました。
父と母は小さい頃から近所に住んでいたので、(ご近所結婚ですね)母は、父が小さい頃からの
ことを良く知っているし また、父も母の小さい頃からのことを良く知っていました。
父は学校での成績もずば抜けていて、その上、絵を描いても 字を書いても、何をしても
表彰され、運動神経も抜群で運動会でも花形。
先生からも一目置かれる賢い子供だったそうです。

その父に どうも母は幼い頃から憧れ続けてきたらしいのですね。
父の武勇伝を語る母の目は いつもドキンちゃんのようにハートになり、キラキラ☆
「あなたもパパのような人と結婚しなさい」が口癖でした。
「パパはすごい パパと結婚して良かった パパのような人は探してもそうはいない
 パパのおかげでこの家はやっていける 男はパパのようでなくっちゃ」云々。
なんだか、マインドコントロールされたどこかの宗教団体の信者のようですが 
私はこの、母のパパ自慢を聞くのが大好きでした。
母の楽しそうなうれしそうな、心から父を愛しているのだな と感じられるその時間が
とても好きだったから。
また、自分の父がそのように尊敬できる人である(母にとってはだけれど)というのは
これもまた、子供の私にとってはとてもうれしかったから。

そこまで母に慕われて、むっつり助平(?)な父も母にはデレデレ・・・ヾ(--;)ぉぃぉぃ
夫婦仲はとにかく、子供が「いいかげんにしたら?」と言うほど仲良し。(アテられ っぱなし)
母に 「パパ~♪」とピンク色の声(どんな声?)で甘えられると、苦虫を噛み潰したような顔の
父も 顔がゆるんで、に~ま~ っと・・・(それが妙にかわいい)
(余談ですが、父は婚約時代に母からもらった母の写真(美人!)をず~~っと持ち続けていました)
 
私が非行に走らなかったのも、母の父自慢と夫婦仲の良さ、これがあったからだと思います。
(これがなかったら、ほんとに荒んでいたかも・・・)

家庭での父親の存在というのはやはり、偏見かもしれませんが大きなものがあると思います。
そして、母親は子供にとっての何より自分の一番拠り所とする存在。
その二人が子供から見てうれしい と思えるくらい仲がいいということは何よりなこと。

悪いことばっかりじゃなかったな。私の育った家庭も・・・(遠い目)

そして、なおちゃん一家のような家庭を目指し、(これはクリア) 母のように、
子供にお父さん自慢ができる母親になり、その上に 父と母のように死ぬまでラブラブ、
(あ、うちの両親は亡くなっています)というのが 私のより一層な夢です!

なのですが・・・

あ?いえいえ、何でもありません。目指します!はい。

今日はホームページビルダーを久々に開いて 私のサイトのトップページとサイトマップを
春のイメージに変えました。
しばらくビルダーなんて見たくもない と思っていたけれど、(サイト閉鎖したかったくらいだから)
今日はちょっとやる気になりました!
こんな気持になった時に即やっておかないと 冬衣装のまま 春、夏、と季節がすぎてしまいそうな
そんな気がするほど もう、サイトの更新に割く時間も気力も全くない私なのでした・・・
あれほど、毎日のようにどこかに手をかけ更新していた私がうそのよう。
更新は やりだすと、時間がどんどん過ぎていく・・・
素材選びだけでも大変なのです。
今日もめちゃくちゃ疲れた私です・・・(大きくため息)

今日は主人の帰りが遅いので 夕方晩御飯を作っておいてそれからレッスン。
夜になっても私がバタバタしていたら、布団に入ったおなもみが、
「おかあさんは最近忙しくて前みたいに本も読んでくれないね。」・・・うう、おなもみ、ごめんね。

そのおなもみと、昨日おひな祭り(?)をしました。
昨日、帰って来るなりお茶犬とスヌーピーの人形でひな壇を作り始めました。
あんまりかわいいので「それ、くずさないでおいといてね」と私。
スーパーにおなもみと買い物に行ったら、かわいいひなケーキがあって
おなもみが「これでひな祭りしよう!」と言うので買って帰りました。
バターケーキのとってもチープなケーキですが、おなもみは大喜び。(私は値段に大喜び)
でも、おなもみは男の子なのになぜひな祭りなんだろう・・・?
ま、この際、難い事は言わずひな祭り ひな祭り。

左 おなもみが作ったお茶犬&スヌーピーのひな壇。
   このお人形たちが白鳥の湖を踊っていました。
右 スーパーで買ったチープなケーキをお茶犬&スヌーピーのひな壇にかざりました。

ひな祭り1 ひな祭り2

私はいつの頃からか、自分が家庭を持ったら絶対に「ありがとう」の言葉が飛び交う家庭に
するんだ と心に決めていました。
で、今はどうかって?はい、「ありがとう」があっち飛び こっち飛び 
それも自然に飛び交っているところが我が家のとってもいいところかな~ と思っています。(^_^)v

私が育った家庭背景ですが・・・
私の父は、頭が切れるあまりにプライドが高すぎ、確固たる自分を
絶対に変えようとしない人でした。
父はまず、笑わない。自分が言うことは絶対。自分がとっている行動も絶対。
でも、外に出ればやることなすことそつなくこなし、仕事においても父の功績で
会社が伸びているようなものだったから、めちゃくちゃ信頼されていて、
それがまた 父の自尊心をおもいっきり満足させて、こちらになにか意見が
あったとしても、聞き入れてもらうのは大変 そんな人でした。

そんな父にどうしてこんな女の人がお嫁に来たのか?と思うほど、
母は天真爛漫、子供のように純粋、ストレートな、朗らかな 明るい人でした。
そして、その母は、プライドのかたまりのような父を尊敬しまくっていて、父の言うことは
母にとってはもう絶対だったのです。

私が振り返る限り、私はいつも家の中で緊張していました。
リラックスしていた記憶がないのですね・・・特に子供の頃は。
食事中にお箸を落とすだけで、「落とすな!」と叱られる・・・そういう家庭でした。

そんな私が憧れていた家庭は、年に二回、お盆とお正月に会う従兄妹家族。
従兄妹のおとうさんは父の弟。
この叔父はとにかく明るくて、いつも笑っていました。
そして、叔母はこの叔父に輪をかけて明るく、とにかくおもしろい人で
この叔父、叔母の元で育った私の従兄妹たちがこれまた 明るい!!

それだけでも、毎日を緊張で過ごしていた私には十分うらやましい限りだったのですが
ここの家庭は どんな些細なことにも家族で「ありがとう」を言い合うのです。
そして、親は子供に依頼語を使います。
「なおちゃん(従兄妹の名前)あれ、取ってきてくれる?」
または、「これ、してくれる?」
なおちゃん「うん、いいよ はい」
そして親「ありがとう!」

これが、うちなら
父「あれ取ってきてくれ」
または「これ、しておけ」
そして私「はい、どうぞ」 または 「はい、できたよ」
父、無言。  ・・・(ーー;)

まあ、母はさすがにそんなことはなかったのですが 父から「ありがとう」という言葉は
まず出てこなかったですね。
そして、そんな私は いつもなおちゃん一家がうらやましくて、こんな家の子供に
生まれてきたかった と、子供時代、ず~っと思っていました。
そして、子供の頃から、「私が結婚したら絶対こんな家庭にするんだ」 と
心に決めていました。

さて、主人はとても優しい人ですが、自分からありがとう と言う言葉が自然に
出てくる人ではありませんでした。
結婚して、私が主人に何をしてあげても、してもらって当然と思っているのか
「ありがとう」という言葉が返ってこないので、私は考えました。
主人が私に対して何かしてくれたとき、それがたとえどんなに小さなことでも、
私はにっこり微笑み「ありがとう♪」(この♪ これが大事ね)と心から言う ということを
実践し続けました。
それから、何か頼む時は依頼語で。これも実践し続けました。
そうすると、主人がいつの間にか、ひとつひとつのことに「ありがとう」と言うように
なってきました!

やった!o(≧∇≦)oキャ♪
人って変わるものね。
こういうプラスの波動を持つ言葉は ポジティブなパワーがあるのですね。
人を大らかに優しくする力がありますよね。
もともと優しかった主人がより一層優しくなってきました。

こんな実験があるのです。
マウス二匹に対して、一方のマウスには「バカ」など、マイナスの言葉を毎日
浴びせ、もう一方のマウスには「かわいいね 愛してるよ 素晴らしいね」という
プラスの言葉を聞かせ続けます。
プラスの言葉を聞かせているマウスはどんどんパワーが出てきて 延々と生きて
いくのに、マイナスの言葉を毎日聞かせられているマウスは、しだいに食欲が
なくなっていって、最終的には死んでしまったのですって。

小さい頃から夢だった(心から憧れていた)「ありがとう」が飛び交う家庭。
憧れのなおちゃん一家に近づくには、あと『笑い』がいまひとつ足りなかったのですが
その『笑い』は 後からおなもみが運んできてくれました。
もういいよ~~ っていうくらい、いっぱいいっぱい。

私の子供の頃からの夢をかなえてくれた主人とおなもみに、心から感謝しています。

今やっと ちゃんとパソコンの前に座れました・・・
もう立たなくてもいいようにな~にもかも済ませてやっと・・・はー疲れた・・・(-_-)

今日はおなもみの通う小学校で『親子読書』というのがありました。
おなもみの2年生の父兄が子供達に月一度 絵本の読み聞かせなどをするのですが
私は、最後のこの三月の読み聞かせの日に順番が当たっていました。

読み聞かせは3時間目の10時50分からなのですが、読み聞かせをする親は
8時半学校集合。
読み聞かせ、ペープサード(紙人形劇)、OHC(スライド)、それぞれ自分の分担の
練習をして 本番に臨みます。
私はペープサードの人形を動かす役だったのですが、急遽、OHCの助っ人にも
入ってと言われて、「え~~!!??そんな~~!」と言ったのですが・・・ダメ。
あそこでは、『子供達のため!』と言われたら どんな無理難題も「光栄です!!」と
目を輝かせてありがたくお役をいただくのが規則なんだ ということを知りました。(爆)

実は私はその読み聞かせの時間に、「ビリーブ」のピアノ伴奏をする という役目を
一ヶ月前に言われていて、楽譜までもらっていたのですが、昨日「明日ビリーブ弾くのよね」
と 人に言われるまで すっかり全く そのことを忘れていたのです!(なんと!)
「ああ~~!!そうだった!!」と真っ青に・・・
楽譜も もらったのは覚えているけれど、どこにあるのか記憶にない・・・
確か青い表紙だった ということをおぼろげに覚えているけれど・・・
どどどうしよう~~ と必死に楽譜を探して、「あった!」なんとか楽譜確保!
問題は中味。「う・・・」とても初見で完璧には弾けそうにない・・・
でも、それほど難しそうでもない・・・
うん、なんとかイケそう(ほっ)
夕方レッスンに来た子供達に歌ってもらって、伴奏の感じを掴んで、「でも もっと練習
しておかなきゃ、寝る前に弾いておこう」・・・と思いながら・・・睡魔には勝てず・・・

という前置きが(今のビリーブネタは前置きです!)長くなりましたが、私の計画では
自分の出番がないときに、ビリーブの伴奏を脳内練習するつもりだったのです。
なのになのに、『ばばばあちゃん』のネコの役が当たってしまった・・・
そして脳内練習の夢は絶たれ、必死に 楽譜に食い入るようにして 
時間内合計三回の演奏をなんとかクリアしました。疲れた~・・・
子供達が元気に歌ってくれていたようだけれど、耳に入っていなかった・・・(ーー;)

それから、一緒に読み聞かせをしたきてぃちゃんとランチに行き、コーヒーの
おかわりをして、二時間お店でおしゃべり。
話題は、『最近私たち 穏やかよね』
私は昨日の日記にも 穏やか と書いたけれど、きてぃちゃんもかなり穏やかなよう。
いいことだ~~ なんて、二人で意気投合してのんびり穏やかに・・・
できたのは今日はこの二時間だけだった!!

帰ったら即仕事が待っている、主人が風邪で寝込んでいるので ピュン×2の
散歩も私(いつもは主人)、晩御飯作るのも私(こちらもいつもは主人)、怒涛のような忙しさ!
それでも、パソコンのチェックは定期的にする というほとんどネット依存症(?)な私。
(でも、レスがつけられず、すみません サファイア美女軍団の皆様。ちゃんと読んでますよ)
おなもみはというと・・・寝てる~~~( ̄∇ ̄;)
こたつで寝てしまっている・・・
たぶんもう起きないだろう・・・義経でも始まらない限り。
(何のことか分からない方 2月20日の日記、”灯籠好き 義経好き”をお読みください)

結局晩御飯は一人寂しく食べたのでした。(主人はいらない って言うし・・・)

なんだかとっても疲れた~~もうすでにねむ~~い(>_<)
読み聞かせ・・・私にはすごく疲れるもう二度としたくないことだった。(正直な感想)
ボランティアなどでされている方、尊敬いたします。
(虹色天使さん、尊敬!
毎月、読み聞かせのお世話に 学校に朝早くから行かれている役員の婆様、尊敬)

とりとめもない日記ですみませんでした・・・これで終わりです。☆ヽ(o _ _ )o~† パタッ

最近、私の心はとっても穏やかなのですね・・・
自分の中に怒りの感情、ネガティブな感情が全くなくなってしまった。
何事にも波立たない というか、とにかく静か。
心が常に一定に落ち着いている ってこういう感覚なんだ・・・
と、ここまで生きてきてやっとここに至ったのか~(~_~;)・・・と、自分でも感動もの。

ここのところずっとネガティブな言葉を使わない ということを実践しています。
これがかなり効いているみたいです。
そして、昨日こんなことがありました。

おなもみはとても甘えんぼうで、いまだ、私と一日何度も抱き合っているし、
夜寝るときにはそばにいてやらないと寝ません。
でも、いつか私の元を離れていくのだ と思うと、うれしい限りの私なのです。
2年生になってからはだいぶ親離れ(?)も進んできましたが、時々、休み明けの登校が
大変なことがあります。
「おかあさんと離れるのは寂しい」と泣くのです。(皆様、あきれられるかもですが・・・)

こういうときの私のパターンは 決まって、はじめはおなもみの気持を受け入れてやります。
でも、一向に気持の切り替わらないおなもみに、次の手は「行ってきなさ~~~い!!!」
と爆弾を・・・ こんなことでは先行き困るじゃないの。厳しくしなくっちゃ。
おなもみは玄関を出ようとするけれども、涙が後から後から出てきて、友達に涙を見られたく
ないこともあり、どうやっても玄関から出られない。
ドアノブに手をかけてはやめ、手をかけてはやめ・・・
振り向いて私の方を見るのだけれど、私は鬼の形相。
結局泣き止むことができず、じゃあ、涙が止まったら学校に行こうね としばらく様子を見て
集団登校のお友達には先に行ってもらって、後から一人登校しているのが常でした。

そういうことが何度もありました。
でも、それがあるときは よくよく聞いてみると大抵、学校で何かあった時なのです。
はじめはただの我がままと甘えかと思っていましたが どうもそうではないみたい。
おなもみも、学校でいろいろと親の知らない気づかれをしているのですね・・・

そして、昨日、久々にそれがやってきました。
朝起きるなり、「おかあさんと離れるのが寂しい」と泣き出しました。
とにかく、「着替えと食事をすませて」 と言ってやり、学校へ行くまでの時間
私のひざの上に乗ってくるおなもみをずっと ぎゅっ と抱いていてやりました。
いつもなら、最後は絶対に鬼になっている私です。
でも、昨日はおなもみの気が済むまで ずっと抱いていてやりました。
そうすると、おなもみの涙が止まってきました。
私のひざから立ちあがり、か細い声で「行って来ます」と行って玄関に向かって歩き出しました。
振り返って、もう一度私の胸に擦り寄って、「帰って来たら一番に好き好きしようね」と言い、
私が「うん、一番にしようね」と言うと、とても安心した顔になって 今度はさっきよりも大きな声で
「行って来ます」と言って、玄関を出て行きました。

怒りで子供に言うことを聞かせようとしていた私と、昨日の私との違い。
これが 子供にどれだけ影響が違ってくるのか ということがよくわかりました。
子供には、大人が何でもないことでも想像もつかないくらい、つらかったりすることがあるのですね。
それを、子供の気持を無視して大人の視点からだけ見て、判断して、大人の気持を押し付けようと
していたことに気づきました。

子供がつらい と思っていることを そのまま受け入れてあげれば良かったのですね。
子供は十分つらいのに、親からはその気持を否定され、受け入れてもらえず、気持のやり場が
ないですよね。
受け入れてやると、子供は自分でちゃんと自分の気持に整理をつけて、自分から行動するのだなあ
と、あらためて思いました。

学校から帰って来たおなもみは一番に私の胸に飛び込んできました。
ぎゅっと抱き締めてやると、いつもの明るいおなもみになって「灯籠と遊んでこよ~」と言って、
その後 庭で、ご機嫌で灯籠と遊んで(?)いました。(*^_^*)
 

ぴあのサファイア

Author:ぴあのサファイア

水晶、女神、天使と交流します。すべてのいのちとの調和を望みます。天の光と、私たちに内在する光の意識が呼応し、響きあい、この地上が光の世界となりますように。


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