2017 / 05
<< 2017 / 04 - 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 - - - 2017 / 06 >>

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


多忙続きで読書からしばらく遠ざかっていましたが、最近読んだ「あるヨギの自叙伝」があまりに素晴らしかったので、また本好きに火がついて、読書三昧をしている今日この頃です。

今、一番はまっているのは本山博さんの本です。
次々に購入して、読みふけっています。(た~くさん、あります)
自分自身が瞑想するときやお祈りをするとき、またセッションやリーディングで見えてくるもの聞こえてくるメッセージなどについて、本山先生の本を読んでいて、なるほどこういうことだったのかと、夢から覚めるように、からくりが見えてきてとても参考になります。

本山先生の本から、祈りやカルマについてブログにシェアしようと思ったのですが、ちょっと癖があって万人の方にはわかりにくいかと思い、、、

本山博
本山博著 霊的成長と悟り 目次


代わりに、江原啓之さんの本から「祈り」ついてよい記事があったので、こちらをシェアしたいと思います。

いずれまた、本山先生のご著書からも、シェアしていきたいと思っています。

   *   *   *   *   *

『祈りと念力は違うものですか?』

人生において、一番大事なのは「祈り」と「念力」です。
みなさんは、毎日祈っていますか? 
ただ、ここでいう祈りとは、特定の宗教や偶像に向けて祈るという意味ではありません。

スピリチュアリズムでは、ひとりひとりの中に「神」が内在しているととらえています。
誰もが、崇高なエナジーである神の「未熟な一部分」としてこの世に生まれ、たましいを磨いている存在なのです。

ですから、一番身近なところに、「あなた自身」という神がいる、ということ。
そして、祈りとは、その「自分自身」という神を見つめること、つまり、内観するということをいうのです。
自分という神を通して、自分を映しみて、自らの未熟さや磨き足りないところに気づいていくことが、祈りの実践です。

単に、何か願い事があって、それを「かなえてください」と念じるのが祈りなのではありません。
自らを省みて、 "内なる神 ” と対話することが大切なのです。

祈るというのは重要で、念力もそこから出てくるのです。
祈り続けることができたなら答えが出てくるし、必ず必要な方向に導かれます。

自分はスピリチュアルなことを頭では理解するのだけれど心のうちではまだわからない、という人もいっぱいいますが、そういう人に私がアドバイスしたいのは、「毎日祈りなさい」ということ。

そして、そこで何を祈るかといったら、自分自身が生きている中でさまざまなことへの感謝、自分はどうしたら人や社会や世界平和に貢献できるかということ。

そういったことを内観し、祈り続けていくと、必ず答えがやってきます。
また、自分自身の欠点や問題点も祈りなさい、何かつまづいて悩んだら、悩んだことを祈りなさい、とも言っています。

祈りは、日常生活の中でも自分の心を知る大きな秤になると思います。
たとえば自分が、本当にこれが好きなのかわからない。
あるいは自分が何をしていいかわからない。
そういうときには祈り続けてみればいいのです。
もし祈りが続かなければ、本当はそれをしたくないという回答なのです。
本心から望むことであれば、祈り続けられたからです。

私自身は「祈り」という言葉はあまり使わず、「内観」と言います。
繰り返しになりますが、祈りは内観につながります。
最初は依存心が強くて「何とかしてください」という祈りかもしれません。
しかし、「何とかしてください」では、そこに行動がありません。
やがて「私はどうするべきでしょうか」という祈りに気づき、祈り続ければ「こうするべきなのだろう」というアイデアが現実的に見えてきます。

そういう導きを体験すると、誰もが確信して、人間は霊的な存在なのだな、大きな力に見守られているなということをたましいで実感するでしょう。
祈ったことには必ず結論が出るからです。

日本では「拝み屋」という言葉があるぐらいで、誰かに代わりに祈ってもらおうとする傾向があります。
手伝ってもらおうというのでもなく、はなから人任せで、自分は祈らなかったりするのでは、意味を成しません。
自分自身と対話し、自らのなかから答えを求めないことには、真の理解はまず得られないでしょう。
 
マザー・テレサも何かのたびに必ず「祈りましょう」と言っていました。
何か困ったことがあっても、祈れば答えが出ます、祈って出た結果は受け入れましょう、と。
それを、「必ず神様が何とかしてくださるから」と話していました。

繰り返しになりますが、祈りとは自分自身に問いかけ、実践すること。
決して、神頼みをすることでも、依存することでもありません。
そう考えると、今の時代は、祈りというもののとらえ方が違っているのが一番の問題かもしれません。

まず、自分を見つめるという祈りがない。
朝から晩まで忙しくしていて、あとの時間は気絶して寝ているだけで、それでは静寂を持つ時間、自分と向き合う時間など持てないはずです。
そして、祈らないから念力も生まれない。
それゆえに、道が定まらずに迷ったり、思うように物事が進まないのではないかと私はみています。

  江原啓之 「スピリチュアリズムを語る」より




関連記事

この記事へコメント:する















ぴあのサファイア

Author:ぴあのサファイア

水晶、女神、天使と交流します。すべてのいのちとの調和を望みます。天の光と、私たちに内在する光の意識が呼応し、響きあい、この地上が光の世界となりますように。


04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
左上の青いボタンクリックで再生します

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。