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昨日に続き、こちらも、共感する記事からのシェアです。

「スピリチュアリズムを語る」江原さんの言葉より

   *   *   *   *

私自身は、運が悪いときは自分を見つめるチャンスだと思っています。
自分の実力以上のいいことは起きません。
それと同じように、忍耐の限界以上の悪いことも起きません。

運が悪いと感じるときは、自分が以前に蒔いた悪しき種を刈り取っているということ。
たとえるなら借金の返済と一緒で、「返済の日が来る」だけ。
払う必要があるものは返さないといけないということです。

逆に幸運期は、ボーナスが出るときのイメージに近いかもしれません。
良いカルマを積んできた結果として返ってくる” ご褒美 ” のようなもの。
しかし、そこで有頂天にはならず、生き金ならぬ「生き運」で使いなさいといいたいのです。

私自身は占いをどう受け止めているかといえば、カルマと波長を大事に考えています。
波長、つまり心のあり方が正しければ自然といいほうを選び、歪んでいればどうしても悪いほうを選んでしまうのです。

しかし、不運と思えるときに、自らの波長の低さや心の歪みがあぶり絵のように浮き出るのであれば、それはむしろ悪いことではないでしょう。

幸運、不運というのは、結局は現世の尺度でしかありません。
スピリチュアルな視点では逆になります。
現世的にいう「不運」も、そこで苦難を味わってたましいが磨かれるなら、「幸い」なのです。

「せっかく来たからには、いっぱい経験と感動をしたほうがいい。来世に持ち越したくない」というくらいの思いが真摯な生き方に結びつきます。

とすると、膿はみな出し切ったほうがいいのです。
それで災いがあるというなら、トコトン来ればいいと言えるのがスピリチュアリスト。
胸を張って、ドンと構えて、「じゃあ無残な死に方でもしましょうか」くらいのことが言えたら本物です。


 江原啓之さんの記事より







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ぴあのサファイア

Author:ぴあのサファイア

水晶、女神、天使と交流します。すべてのいのちとの調和を望みます。天の光と、私たちに内在する光の意識が呼応し、響きあい、この地上が光の世界となりますように。


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