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昨日の満月は、十五夜も真っ青なくらいすごい光でした。
夜、おなもみと月を見ながらお散歩。

夜中、寝てしまうのがもったいなくて 意識的に眠りを浅くして 何度も起きて月を眺めエネルギー
を浴びました。
水晶ちゃんたちもバッチリ浄化。
ピカピカになりました☆


使っていない本棚、ある本を探していて Krishnamurtiの本を発見。
実はKrishnamurtiは K-Communicationで読むのがいっぱいいっぱいで、あまり本は持っていま
せん。
こんな本を持っていたこと自体、すっかり記憶のかなた。
忘れていました。(爆)

見つけたときは、かなりびっくり。 おー! Krishnamurtiの本が! 感激の私。
今から十数年前に買った と思われます。
そう、当時はKrishnamurtiが何を言っているのかさっぱりわからなくて・・・
でも、何か惹かれるものがあって わからないままに必死で読んでいました。

今は、当時とは全然違う。
難しいけれど、私なりの理解はできているような・・・

でもきっと 表面的なところしか読めていないのでしょうけれどね。
相当クリアーな頭と意識がないと Krishnamurtiが云わんとする深い芯の部分はわからないので
しょうね。
私などはまだまだです。o( _ _ )oショボーン
でも、読んでいると 静謐な、精妙な波動がどこまでも果てしなく心地いい。



     Krishnamurtiー0810




     瞑想とは時間を超越することであり、
     時間とは何かの成就をめざして思考が旅する距離である。
     その旅は新しい外観、新しい景色を伴ってはいるが、
     依然として古い同一の道に沿ったもので、
     苦痛と悲嘆の他はどこにも行きつくところはない。
     精神が時間を超越したときにはじめて、真理は抽象ではなくなる。
     そのときには祝福は快楽から引き出された観念ではなく、
     言葉のうえのものでない現実のものとなる。
     精神を時間から空しくすることから真実の沈黙が生まれ、
     そのことを悟ることはすなわち行うことである。
     それゆえ見ることと行うこととは何の区別もない。
     見ることと行うこととの間隙に葛藤や不幸、混乱が生ずるのである。
     時間を持たないものは永遠である。

                                208ページより




突然ですが、今日、行ったとある場所で 壁に写った影がとてもきれいでした。
木の葉が揺らめいて とても美しかったのです。



     影ー0810




お友達が 屋久島ナチュラルヒーリング のBBSで ガイアシンフォニーのブログから 不思議な
現象があった記事を紹介してくれました。

奈良の天河大弁財天社の七夕祭のことなのですが、本来ならば川下へ流れていくはずの燈籠が
川上に上っていくという現象が起こった というお話。
この影像は次回のガイアシンフォニーで見ることができないのかしら・・・? 
ガイアシンフォニーのブログは >>こちら



いのちの島=屋久島 10日付の写真は、その美しいクリアーさが心身までをも浄化してくれそうな
永田いなか浜の景色。 素晴らしい眺めです。よろしければ >>こちらから

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ぴあのサファイア

Author:ぴあのサファイア

水晶、女神、天使と交流します。すべてのいのちとの調和を望みます。天の光と、私たちに内在する光の意識が呼応し、響きあい、この地上が光の世界となりますように。


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