2017 / 06
<< 2017 / 05 - - - - 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 - 2017 / 07 >>

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

昨日は一日寝ていました。
頭痛はひどくなかったのですが、とにかく身体が・・・起きられなくて・・・(T_T)
今朝になり、やっと起きて動くことができました。
は~~ ため息。
まだ、軽く頭痛が残っていて頭が重いです。
でも、いつものスペシャルハード頭痛が来なくて良かったです~~♪
それだけでもラッキーと思わなければ・・・

話変わり・・・

私は子供の頃から ”日曜日の夜は大河ドラマを見る” のが習慣なのですが、
作品によってハマるのもあり、あまり興味をそそられないのもあり・・・
今年の 『風林○山』 ですが、なんだかいま一つ惹かれなくて・・・

でもでもでも!

私の大好きなGa☆ktが長尾○虎役で出る ということで、ガックンはいつかいつか
いつ出てくるのかあああ~~~キャーq(≧∇≦*)(*≧∇≦)pキャー  と、待つこと半年。
やっとガク○ (すみません、検索よけのため○を入れます) 登場!!o(☆∇☆)o

ここのところは、主役張りの出演で、というか、完全に主役を喰っいて・・・
華がありすぎですね・・・それに演技もすばらしいです。(~_~)
完璧主義な方なので、中途半端はしないでしょう と期待していましたが、ファンという
フィルターをのけても、素晴らしい景○役だと思います。
>>こちらを参照してくださいまし~~~♪ 

長尾景○=上杉○信 という人は、軍神とも呼ばれた天才武将で、清廉潔白、
信心深く、普通、武将は高名な僧に祈祷してもらうのが当たり前だったのですが、
影○は、真言密教に造詣が深く、自ら護摩を焚き、祈祷をしていたのだとか・・・
>>こちら参照してごらんになって~~~♪

先日の放送で、その景○と、軍師、宇佐美○満との会話で、うう~~む・・・ナルホド・・・
と思った台詞があったので、ご紹介します。

景○は、とにかく欲深いことを嫌うオトコ。(欲の塊のようなオトコ、武田信○は大嫌い)

『人は人を治められない。それは欲のもたれあいであり、まやかしの力。人を救えるのは
神仏のみである。』

と言ったところ、宇佐美さんの言葉。

『人の欲を否としてはならない。欲を嫌うことは、欲に囚われているということ。
神仏の教えは、欲の囚われからも解き放つもの。すべてはあるがままに・・・』

ごめんなさい。<(_ _)>
ちゃんと覚えていないのですが、こんなやりとりだったと思います。
なんだかこのシーンで感動しちゃって・・・

そうですよね、何かを否定し、嫌うということは、そのことに囚われているということ。
その対象を敵対視している限りは、自分もその意識領域から永遠に抜け出ることは
ありませんね。
同じところにいる ということです。

これは、今自分が何かひっかかっていること、すべてにあてはまることですよね。
あるがままにしておけない意識、それはそこに囚われている意識。
囚われているということは、自分の中にも同じものがあるのですね。
だから、気になるのですね。


ちょっと話は変わるのですが、私はバシャールのこの言葉が大好きです。
 
ここにジグゾーパズルがあると想像してください。
ひとつひとつの絵、全体像はさまざまなピース、かけらによって
できています。
ひとつひとつのかけらはそれぞれ独自の形を持っています。
でも、ひとつひとつを正しい位置に合わせていくと、ひとつの
大きな絵になります。

このことから、次のようなことが理解できます。
つまり、ひとつの絵をうまくまとめる唯一の方法は、
ひとつひとつのかけらがユニークな、個性を持った状態にあることを
許してあげる、ということです。
ひとつひとつのかけらを変えてしまうと、あるがままの生まれるべき絵が
生まれなくなってしまいます。
ひとつひとつのかけらを創られたときのもともとの形に保ってあげる必要が
あるのです。

ほとんどすべての絵ができ上がって、なおまだ隙間がある場合には、
ちょうどいい形をしたかけらを見つけて、そこにそれを当てはめてあげなけ
れば全体像は生まれません。
仮にそのかけらを見つけても、その形が気に入らないからといって変えて
しまうと、それはパズルに当てはまらなくなってしまいます。
そして、全体像は生まれなくなります。

この例は、「すべてはひとつである」 ということの例でもありますし、
その逆説的なパラドックスを物語ってもいます。
つまり、全体というのは、それぞれが異なっていることの産物でもあると
いうことです。
すべてのかけらが生まれたままの状態を保たれることによって、
同じひとつのリアリティ、現実が生まれるのです。



個であり全体であり、全体であり個であること。
あるがままのすべてを認め、許し、受け入れること。それは自分自身も含めて。
それが宇宙の心ですね。
そして、宇宙の心を生きるということですね。

千手観音の千の手(無限を意味します) が、すべての衆生を救おうとするように、
無限の慈悲の心で千の手を自ら差し出せるようになりたいと思ったぴあのでした。

・・・という大それたことはできなくても、パズルの形を変えようとするのは、自我。
その自我を超えて大きく生きたい と思ったのでした。←このへんが関の山。

あ、長々打ってしまっていますね。
読んでくださってありがとうございます。
感謝します☆


ここに書いた風林○山の再放送、明日のNHK総合、午後1:05~午後1:50であります。
お時間があれば、宇佐○さんと景○のきちんとしたやりとりを聞いてみてください。
それから、ガックンが護摩を焚くシーンがあるのですが、すごいエネルギーを感じるのです・・・
テレビ画面から、半端じゃない波動がびんびんと~~~~~ すごいですよ☆
                 ↓
 そもそも真言を唱え、護摩をたくのは『オンベイ シラマンダヤ センチキ ヤソワカ』
 という言葉の中に、百八つの煩悩を一つ一つ焼き尽くすという意味がある。
 僕も、自分の中の煩悩を払いのけ、心の中の忌まわしいものが消えるように願いながら、
 真言を唱えていたんだ。(ガク○談)


いのちの島=屋久島は >>こちらから

関連記事

この記事へコメント:する















ぴあのサファイア

Author:ぴあのサファイア

水晶、女神、天使と交流します。すべてのいのちとの調和を望みます。天の光と、私たちに内在する光の意識が呼応し、響きあい、この地上が光の世界となりますように。


05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
左上の青いボタンクリックで再生します

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。