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先日ひっぱりだしてきた懐かしいレコード。

たくさんのレコードの中から、迷わず、「これを聴きたい!」 と思ったのは、
モーツァルトの『レクイエム』

モーツァルトが最期を迎える間際に書いていた作品で、結局モーツァルトは
この曲を完成させることなく、亡くなってしまいました。
弟子のジュスマイヤーに未完の部分の指示を与え、モーツァルト亡き後は、
ジュスマイヤーが曲を完成させました。

モーツァルトは、この曲を、”自分の死を葬る” ための曲だと信じていたそうです。
死の前日、見舞いに来た友人達と一緒に未完のレクイエムを歌ったモーツァルト
は、歌い進むうちに激情が込み上げ、『Lacrimosa』 のところまで来た時、涙が
込み上げ歌い続けることができなかったのだそうです。

この曲は14曲からなりますが、そのうちモーツァルトが完成させたのは、1曲目と
2曲目だけ ということです。
それにもかかわらず、今日までモーツァルトの傑作としてここまで後世に残って
いるのは、すごいと思います。
何にしろ、美しい・・・とても、美しい曲です。
きっとモーツァルトは、亡くなったあともこの曲の仕上がりをサポートしていたのだ
と思います。
きっと、そうだと思います。


このレコードを初めて買ったとき、このレクイエムの世界に引き込まれ、
特にLacrimosaは、それこそ、レコード針を何度も何度も戻し、聴いた曲です。
最後の『アーメン』 では、こちらまで感極まり、鳥肌が立ちます。
何度聴いても、鳥肌がたち、我を忘れてしまいます。

ところがこのレクイエム、CDで買ったときには全くいいと思わなくて(レコードと違う
演奏を買ったのでした)、何度聴いても感動が薄くて、なぜ?と疑問だらけでした。
ちっともいいと思わなくて、不思議でした。
(とりあえず、外れるとイヤなので、指揮者と楽団は名前で選んだのですが・・・)

あれほど、好きで好きでたまらなかったレクイエム。
再度聴いてみても、レコードは、ほんとうにもう、すりきれるほど聴いていて、音が
割れてしまい 音質は全然クリアーではありませんでした。
それでも、昔聴いていた時のあの感動は、そのまま蘇ってきました。
(昔も、音が割れていても、それでも、何度も何度も聴いていました)

私が拘るこの違いは、レコードでは、ウィーン少年合唱団が歌っている ということ。
古来、教会の聖務はすべて男性が行うものでした。
ソプラノやアルトのパートを少年達が歌う演奏の様式は、最も本来の形に近いもの
ということです。

やはり、何か違うんです。
女性の声で歌うのと、少年が歌うのとでは、全く違うのです。
エネルギーが。
音が織り成す空間が。
きれいなエネルギーを感じるのですね。
別に、女性が歌うときれいじゃない と言っているのではないのですが、それは、
とても素晴らしい音楽、感動なのですが、少年の澄んだ声というのは、より一層、
神に近い、エネルギー的にも、より一層、神と繋がるような、そんな感じなのです。


レクイエムのレコードジャケット。
帯には ”レクイエムはたましずめの音楽、無垢な少年の声が美しい” と書かれて
います。



   レクイエムー80318



You Tubeから見つけてきました。『Lacrimosa』
ウィーン少年合唱団ではありませんが・・・
やっぱり Lacrimosa(涙の日)は、涙なくしては聴けません。>>こちら





いのちの島=屋久島は >>こちら

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ぴあのサファイア

Author:ぴあのサファイア

水晶、女神、天使と交流します。すべてのいのちとの調和を望みます。天の光と、私たちに内在する光の意識が呼応し、響きあい、この地上が光の世界となりますように。


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