2017 / 05
<< 2017 / 04 - 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 - - - 2017 / 06 >>

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

おなもみが、晩ご飯を食べた後、「おかあさん、何か聴きたいからCD選んで」 と言うので、
「どんな曲がいいの?」 というと、「ぱー っとした曲。」

「ぱーっとした曲??」

「うん、リストのカンパネラみたいな、ぱーっとしたの。ピアノ曲がいいの」

おなもみの要求の深いところがよくわからないけど、ピアノ曲でぱーっとしていてカンパネラ
みたいなのがいいのなら、短調ってことかな・・・
う~ん、・・・と、数あるCDを眺めながら選んだのは、ショパンのソナタ。

「ぱーっとしていて派手だよ。聞いてみる?」
「うん。」

二番を二楽章まで聞いて、イマイチなので、やめ。
私、ふたたび、CDをあれこれ物色。

棚の中が電灯の影になって暗くて、CDの背の文字がよく読めない。
なんとなく、これ何かな? と選んで取ったのが、フォーレのレクイエム。
(全然ぱーっとしてないんだけど)


「おなもみ、フォーレ好きでしょ?レクイエム聴いてみる?」
「うん」

久しぶりのレクイエム。
曲が流れ始めると同時に、鳥肌、鳥肌・・・
もう、耐えられなくて、涙がでそうに・・・

「きれい・・・うわ~~、わたし、耐えられない・・・ う~~ん・・・」

ゾクゾクしながら鳥肌たてて、両腕で自分の体を抱きしめて体をゆすっていたら、おなもみが、
「おかあさん、ヘンなの」
「だって、きれいだと思わない?おかあさんが死んだら絶対このCDかけてね。お願いね」


私が思春期の頃この曲に出合って、どれほど感動して毎日聴き続けたことか・・・
おなもみは仏教系だから、この天国へいざなわれるような、まさに天上の穢れない純粋な美が
いまいちよくわからないのか・・・?
途中まで聴いて、「もう寝るね」 と、あっさり二階に上がって行ってしまいました。 (ーー;)


その後一人で続きを聴き、今また二度目を聴いている私であります。
一曲目の、『キリエ エレイソン クリステ エレイソン』 の響きが、たまりません。
『主よ、憐れみたまえ キリストよ 憐れみたまえ』 という意味ですが、私にはこの言葉の意味は
人間界で受け取る意味合いのものとは違う、ある種の深いメッセージを感じます。

どういう意識でこの言葉を歌うのか、唱えるのか、言葉の奥で響く響きに共鳴するとき、私には
えもいわれない感動と震えと共に、神との一体感を感じるのです。
外なる神と内なる神との共振、共鳴、そして、融合です。

ミサ曲を聴いていて、キリエ・エレイソンという響きを聴くたび、どの曲であれ私の奥深くが震えて
感動のあまり鳥肌がたつことがよくあります。


私のフォーレ レクイエムのお薦め盤は、
ミシェル・コルボ指揮、ベルン交響楽団 アラン・クレマンのボーイソプラノのものです。
はじめてこの盤に出合ってから、当初はレコードでしたが、CDも買い求め、ずっと聞き続けている
名演奏です。

何十年も同じ演奏で鳥肌たち続けることができる音楽って、すごいですよね。
クラシックは神の言葉なのですね。


フォーレの手紙から

「私のレクイエム……は、死に対する恐怖感を表現していないと言われており、
なかにはこの曲を死の子守歌と呼んだ人もいます。
しかし、私には、死はそのように感じられるのであり、それは苦しみというより、
むしろ永遠の至福の喜びに満ちた開放感に他なりません。」

まさに、フォーレのレクイエムはそのような曲です。
レクイエム(死者を悼む)という、厳粛に荘厳に憐れみ悲しみを安息に導くという波動ではなく、
祝福に満ちて天の光に包まれる、天上からの光の橋が架かる美しい曲です。








いのちの島=屋久島は >>こちら

関連記事

この記事へコメント:する















ぴあのサファイア

Author:ぴあのサファイア

水晶、女神、天使と交流します。すべてのいのちとの調和を望みます。天の光と、私たちに内在する光の意識が呼応し、響きあい、この地上が光の世界となりますように。


04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
左上の青いボタンクリックで再生します

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。