2017 / 07
<< 2017 / 06 - - - - - - 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 - - - - - 2017 / 08 >>

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


一昨日の夜、○響アワーを見ました。


日曜夜9時は、我が家ではたいてい○響アワーを見るのが常です。

この日は番組途中からテレビをつけました。
ドヴォルザークのチェロ協奏曲を演奏していました。

おなもみ 「あ、のだめの映画のオーディションの曲」

ぴあの 「ドヴォルザークのチェロ協奏曲。チェロコンの金字塔よ」


しばし、耳を傾ける。

おなもみ、ぴあの 「あれ・・・?」

「今、音外したよね」 「うん」(←ソリストのチェロ)


しばし、聴く。

「低いよね!」

「もっと高く!気持悪い!」

その後ずっと、

「低い、低い」

「あ、そこ、高い!」

「ああ、音程ずれまくり・・・」

「わ~~~お!」


「どうしたの!!??」 ← テレビに向かってソリストに切羽詰った声で聞くぴあの!

「何なの!!?? 」 ← あまりの事態にこんな言葉が自然に口から出てくる。

「残念すぎる・・・」 ← 言葉なし・・・


「熱でもあるのかしら、調子悪いのかな、薬飲んでらっしゃるのじゃないの?」

実際、薬によっては聴覚が狂うのです。

おなもみは、「おかあさん、もうやめようよ。気持悪いよ、イライラしてくる」

ぴあの 「ここまで聴いたら最後まで聴いてみようよ」


もう終楽章は音程ずれまくりで、
「はあ~~~」 って思っているうちに演奏は終わりました。

私は7年間ヴァイオリンを弾いたし、大学では四年間チェロの子の伴奏をして
チェロのレッスンも見てきました。
私が聴く耳がないのではありません。
ホントのことなんです。

また、私は音に関してはかなり精妙な耳を持っています。
おなもみは、私以上に天才的ともいえる精妙な耳を持っています。


どこかの学生やアマチュアが弾いているなら、

「難しい曲頑張ってるよね~~」 と感心して聴いたかもしれない。

でも、この日のチェリストは、日本チェロ界の巨匠。
ですが、私は今までその方の演奏を聴いたことはありませんでした。


後でネットでこの日の演奏のことをぐぐってみました。

みなさん、同じ意見のようでした。

「全くダメだった」

「聴いていてイライラしてきた」

「ハラハラする」

「テルミンみたい」 ← ひどっ

「指が回っていない」

「体力がついていかないのでは」 ← 実際ご高齢なので

「老兵は去るのみ」 とまで書かれていた方も・・・!(>_<)

お若い頃から音程が不安定な方だったとも書かれていました。

実際、コンサートに行かれていた方は途中で逃げ出したくなったとか。
録画は、まだマシに聴こえたそうです。


○響アワーが、よくこのコンサートを放送したなと思うくらいでしたが、放送する
ことはたぶん事前に決めてあったのでしょうね。
なので、仕方ないことかも。


なんだかさんざんな音楽批評をしているような日記になってしまいましたが、
今日言いたいことは・・・

すごくすごく、残念で、日曜からこちら、なんだか残念で、その気持がずっと私に
とり付いてはなれないのです。
申し訳ないような気持でいっぱいになってしまって・・・


スタジオでお話される巨匠は、お人柄のすばらしい知性あふれる上品な方。
きっと、この日本の音楽界をそのお力と多大な功績でひっぱってこられた方。

お名前と功績は存じ上げていたので、演奏を聴いてがっかりしてしまったことが、
私のなかで、とても残念なんです。


それと共に、音楽(クラシック)の世界というのは、美しさの裏でとても厳しい世界
なのだと再認識しました。

クラシック音楽は、完璧なテクニックを持ってはじめて至高の音楽の世界へ聴衆
を誘(いざな)うことができる。

もちろん、テクニックだけではないのですが音楽の前にテクニックが立ちはだかる
のです。
これは、楽器を勉強した人ならいやというほどわかっていることだと思います。


クラシック音楽(または芸術全般)とは神の領域だと私は思っています。
神の領域ゆえに、厳しい。

そこそこ、では許されない世界。
そこそこでは、そこそこの音楽になる。

(もちろん、クラシック音楽を突き詰めるのではなくハートで楽しむという世界もあります。
それはそれで、美しいし、感動の世界。
でも、今書いているのはその次元のことではないです)

でも、厳しいからこそ、美しい。
極上の美の世界。
そして聴く者の精神を、高みに引き上げてくれます。
そのとき、魂が震えるような感動と共に、精神が深まり、広がります。


神は容赦がない、と、思いました。
でもそれが、この世界。

そして厳しさが、簡単には触れることのできない至高の世界をつくり、だからこそ
その至高の世界に触れられた瞬間の喜びは、何にもかえがたいものとなるので
しょうか・・・

一昨日の演奏から、ずっと、そんな様々なことを思いめぐらしていた私でした。







ぴあのTwitter >>piano_sapphire




関連記事

この記事へコメント:する















ぴあのサファイア

Author:ぴあのサファイア

水晶、女神、天使と交流します。すべてのいのちとの調和を望みます。天の光と、私たちに内在する光の意識が呼応し、響きあい、この地上が光の世界となりますように。


06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
左上の青いボタンクリックで再生します

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。